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子猫 4

子猫  子猫 2  子猫 3

(承前)

 性急であった、と思う。
 反省、している。
 初めてを奪うのに適切なやり方ではなかった、とも思う。

 血を見て興奮した、などと。
 下着の中まで見えてしまって興奮した、などと。
 全部子猫がした事だ、などと。
 ましてや。
 子猫が、にゃあ、と鳴いたから、などと。
 そんなものの所為にしてはいけない事も、分かっている。
 何の言い訳にもならない事は、重々承知している。

 自分でも驚く程、抑制が効かなかった。
 それまで散々我慢したくせに。(だからなのか?)

 血が滾った。
 流される様な野梨子に、苛ついた。
 沸き上がる欲望に、支配された。

 強引ではあったが、手荒にはしなかったつもりだ。
 何の慰めにもならないだろうが。

 ただ俺は、次を望んでいる。
 子猫は、もういい。(どうやら、まともで居られない。)
 次があるなら、ひたすら甘く、ひたすら優しくしてやりたいと思う。
(そんな余裕があるかは疑問だが。…要は、気持ちだ。)

 南京錠は、まだ棚にある。
 この場じゃなくても良い。
 また、野梨子に触れたい。
 恒常的に、触れていたい。

 野梨子は、どう思っているのだろうか。
 野梨子に限って、流されただけ、という事はないと思う。(ただの願望か?)
 合意の上だった、と信じては居る。
 少なくとも、憎からずは思ってくれて居るだろう。
 痛みも与えたかも知れないが、悦楽も与えられたと思う。(ん、だが?)

 野梨子は、俺を、どう思っているだろうか。
(ただのケダモノ、だとか思ってないだろうな?)
 …あれ、俺、野梨子に気持ちを伝えたか?
 したい、と言った。もっと、と言った。
 それが何故かは、伝えたか?

***

「なあ、美童?」
「うん?」
「女って、『男の“ヤりたい”と“愛情”は別物』って思ってるフシがあるよな?」
「そうだよねえ。その子が好きだから、ヤりたいのに、ねえ?」
「言わなきゃ分かんねえのかな?」
「例え分かってたって、ちゃんと言葉で言って欲しい生き物なんだと思うよ?」
「厄介だよな?」
「ホント、厄介で、愛おしいよねえ?」

***

 野梨子が部室に一人で居た。
 確か今日は、他の奴らは出て来ない筈だ。
 入室して南京錠を掛けた。
 野梨子は眉根を寄せた。

「もう、子猫は居ませんわ? 傷も、塞がりましたし」

 ほら、誤解してる。
 言うから。ちゃんと言うから、受け入れて欲しい。(我が儘か?)

「この間は、その、勝手で悪かった」
「もう、いいですわ」
「いや、ちゃんと聞いてくれ。大事な事だから」

 俺が野梨子の顔を見てソファに座ると、野梨子は俺の顔が見える位置の椅子に座ってくれた。その方が良い。隣に来られたら、多分また、冷静で居られない。
(ただのケダモノ、で正解かも知れないな。)

 俺は、切々と、訴えた。

 野梨子の事は、多分、最初に会った時から気になってて、五年も傍に居たのに、それがどういう意味の気になるなのか、自分でもちゃんと分かってなくて。間抜けな話だけど。
 六人で居て、とても居心地が良かったから、ちゃんと向き合って考えるのは、棚上げにしてた。
 野梨子の事、仲間として信頼してるし、好ましく思うし、得難い友人だと思う。
 出会えて、仲間になれて、本当に良かったと思ってる。
 子猫の所為にするのは気が引けるけど、確かにあれがきっかけで、俺ははっきりと自覚したんだ。
 ずっと、野梨子に触れたかった、って。仲間なだけじゃ、足りないって。
 野梨子が、俺のモノになったらどれだけ良いか、って。
 他の誰かのモノになるのは、嫌だった。耐えられない、と思った。
 そういうの、好き、って、言うんだろ?
 俺はあの時、その気持ちを籠めたつもりだったけど、ちゃんと言葉にしてなかった。
 それじゃ、駄目だよな。

 くどくどと、かなり情けない心情を吐露すると、野梨子が椅子からソファに移動してきた。
 俺の手を取る。
 ここで言わなくて、どうする?

「俺は、野梨子が好きだ」

「私、あの時に全部、分かりましたわ」
 …それは良かった。
「言葉にしなかったのは、私の方」
 確かに、野梨子は何も言わなかった。
「魅録は、私が、好きでもない殿方と、あんな事をすると思いまして?」
 ああ、そうだ。する訳がない。
 俺は、首を横に振った。

「私も、魅録を好きなんですわ」

 !!
 抱き締める。ずっと、ずっと。

「魅録?」
「ん?」
 くぐもった声にうっとりと答えた。
「いつまでこうしていますの?」
「いつまでだって」
「日が暮れますわ」
 そうだよな。まあ、それでも構わないんだけど。
「野梨子?」
「はい?」
「俺、この間、すごく気持ち良かったんだけど、野梨子は、どう?」
 思い切って聞いてみると、柔らかに返された。
「とても、幸せな気分でしたわ」
 …それは良かった。
「また、しても良い?」
「その為の、南京錠ではありませんの?」
 ここでにこりと微笑まれたら、いくしかないだろう?

 優しく、優しく、押し倒す。
「野梨子、愛してる」
 甘く、甘く、愛を囁く。

 もう、にゃあ、と鳴く子猫は、居ない。




あとがき

 …ごめんなさい。また続けてしまった。
 やはり、魅録を酷い男のままにはしておけませんでした。

  3 がまとまらないでいるうちに 4 の方が出来上がってました。ちゃんと想いは伝わっていた様で、良かったなぁ(他人事!?)

 これで一応、完結。




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