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子猫 3

子猫  子猫 2

(承前)

 野梨子の手首を掴んだまま、ソファまで引っ張る。左手ではジャケットのボタンを外し、左肩を抜いておく。ソファに着いて一瞬野梨子の手首を離した隙に、右腕も抜いた。ジャケットが床に着く間に、野梨子をソファに押し倒す。
 ぽすん、と野梨子がソファに沈んだ。黒髪が揺れる。そのまま伸し掛り、キスをした。右手で野梨子の頬を撫で回し、左手で野梨子の黒髪を乱す。夢中で舌を搦ませていると、二人の呼吸は熱く、浅くなった。
 ここがどこだとか、連中が来るかも知れないとか、そんな事を考える余裕は無くなった。野梨子の熱と、浅い呼吸だけを感じている。
 右手を、頬から体に移動させた。撫で回しても、野梨子は舌を搦ませ続ける。
 本当に、良いんだな? 合意の上だな?
 ソファの背に掛けてあったブランケットを被って野梨子の服を剥がしていると、鍵の開く気配がした。
 慌ててドアの前に陣取る。相手がドアを開け放つ一秒前を狙い澄まして、5cmだけ、開放を許した。更に戸枠に肘を当て、進入を拒む。
「悪い、美童。今日の所はこのまま帰ってくれないか」
 怪訝な顔で部屋の中を窺い、俺の上がった息と着崩れた服装を見た美童は、片眉を上げて口角を上げると「お楽しみ?」と言った。
 美童じゃな。一目でバレるよな、やっぱり。
 俺が眉根を寄せて何も言えずに居ると、美童は鞄をごそごそと漁り、何かを俺に手渡した。
 これは…コンドームと、…南京錠?
「これは良いとして」
 必要だ、確かに。問題は、こっちだ。鍵の刺さった南京錠を指差して問う。
「こっちは何だ?」
「掛けときなよ。掛金、あるでしょ」
 ほら、ここ。と、美童はドアの上部を指差す。
 知らなかった。良く知ってるな、そんな事。
「いつもこんな物、持ち歩いてんのか」
「まあね、男の嗜みでしょ」
「南京錠が?」
 美童は愉快そうに笑った。南京錠とコンドームを順に指差して言う。
「違うよ、こっちは偶然。終わったら棚にでも置いといて。こっちは進呈するからさ」
 そして、声を落として言った。
「出来ちゃったら、出来なくなるからね」
「…お前、最低…」
 脱力した俺を、美童は睨んだ。
「そんな事言って良いの? じゃあ、要らない?」
 俺の手から奪い取ろうとするのを制した。
「有り難く、使わせていただきます…」
 美童は満面の笑みを浮かべた。
「じゃ、お邪魔様。頑張ってね」
 俺はドアを閉め、南京錠を掛けた。鍵は棚に置いておく。
 ソファに戻ると、野梨子はブランケットを被ったまま、息を潜めていた。
 俺がソファに座ると、ブランケットから顔を出して訊いた。
「美童は、何て?」
「色々、くれた。そんな事より、続き。させてくれんだろ?」
 表面の熱は、すっかり冷めてしまった。でも、内側に燻る熱は消えやしない。
 俺はブランケットの中に潜り込み、キスをして、再開した。

 俺の背を這う野梨子の指。初めて聞く吐息。熱を発する体。
 俺の髪を掻き分けて這う野梨子の指。初めて見る表情。俺を飲み込む体。
 余裕など、掻き集めても、片手に乗る程もありそうにない。
 夢中だった。恥ずかしい程に。夢の様だった。

 照れくさくて、身支度を整える間、喋る事も視線を合わせる事も出来なかった。
「そろそろ帰るか」「ええ」
 事後に交わした言葉は、それだけだ。
 南京錠を外して棚に置き、部屋を出た。鍵を掛けようと見ると、そこには美童の字で『魅録より伝言:取込中につき入室禁止』と記したメモが貼ってあった。
 美童という奴は。
 更にその下に『OK karen』『ゆーり』とサイン。そして『菊正宗』の印。
 ああ…全員にバレている。よもや、盗み聞きなどされなかったろうな?
 俺はメモを握り潰し、野梨子をそっと抱き締めた。
 一緒に部屋を出た子猫は、にゃあ、と鳴いて走り去った。




あとがき

 …ごめんなさい。三度。
 いろいろ酷い。具体的な描写は、出来ませんでした…




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