その先
『ぎゅ』『ちゅ』続編 


 1

 ゾロが抱きついてきた。
「ぎゅ、か?」
「ああ。ぎゅ、だ」
 俺たちは、時々こうやって人肌恋しさを埋める。
 ゾロの唇が、俺の首筋を這いだした。
「キスすんのか?」
 ゾロは何も言わない。
「キスじゃねぇか。ちゅ、だったか?」
「うるせぇ。黙ってろ」
 ゾロが照れている。可愛くなんかないから、止めろよ?
 首筋に当たる唇が、吐息が、熱い。

 魔が差した様な口づけを交わした一件以来、俺たちのこれは、首筋に鼻先を埋める止まりだ。その際唇が肌に触れたりはするが、それ以上は、無い。

 思い出す。
 悪くなかった。粘膜で感じる粘膜の感触だけが、頭の中を占めた。あれは、悪くなかった。
 また、する事になったって——悪くない。
 ゾロだって、悪くなかった筈だ。そうだろ?

 誘うつもりで、ゾロの首筋に唇を付けた。
 こいつ、気付くかな?
20121107


 2

 思いの外悪くなかった「ちゅ」だが、口へのそれは自重している。
 ——そこで止まる気がしない。
 お互い悪くないと思ってんなら、構わない筈だけどな。
「ぎゅ」として頬を擦り寄せて。耳の後ろの匂いを嗅いで、首筋に「ちゅ」。
 それはとても心地良くて、今更手放せない。そこで止まらなかったとして、それを失う羽目に陥ったら、と思うと、らしくもなく弱気になる。それくらい、心地良かった。失いたくなかった。

 末期だ。

 そう思いながらコックの首筋に唇を這わせる。唇の触覚は独特で、別の心地良さがある。堪能していると、コックの首筋が不意に伸びた。直ぐさま首筋に何かが当たる。
 何かが、って、これはコックの唇だ。
 互いに伸ばした首筋に、互いの唇を当てている。

 ちゅ、と音を立てて、コックの唇は離れた。
 あ、と思ったのは確かに名残惜しさで、ますます末期だ、と思う。
 唇を離してコックの顔を見ると、こちらをじっと見ていた。
 目が合うと、コックの唇が僅かに笑みの形を作った。コックの瞼が僅かに伏せられて、直ぐにまた目が合った。

 動く。
 唇と唇が、同じ位置を目指している。
 触れた。
 止まらねぇよ。

 いよいよ末期だ。
20121108


 3

 獣みたいだ。
 唇が触れた途端、噛み付く様に、貪られる。
 そんながっつくなよ。逃げやしねぇよ。
 熱烈に求められれば、悪い気はしない。

 唇が引かれ合ってから触れるまで。時間は、永遠みたいに長く、距離は、永遠みたいに遠かった。
 唇に熱を感じた途端、そこに永遠なんて無かったと気付く。全ては瞬間の出来事だ。こんなにも、近い。

 じきに、何も考えられなくなる。
「ちゅ」だなんて、カワイイ言葉じゃ収まらない。
 もう、ゾロの舌だけが、世界の全てだ。
 鼻から息が漏れる。心地良さの質が、変化する。
 抱き締め合った時の心地良さとは、別の——快楽。

 一旦唇を離す。
 荒い息で、引き剥がされた唇に不服を隠しもしないゾロの眼を覗き込む。
 それは既に、欲望を灯していた。
 俺の眼もよく見ろよ。
 お前と、一緒、だろ?
20121109


 4

 不意に離れた唇に、舌打ちをしたい気分でコックの眼を見た。
 欲に濡れたそれを、見た。

 コックの赤い舌が、ちろりと唇を舐めて、直ぐに引っ込む。
 コックの白い喉仏が、こくんと上下する。
 コックの指が、俺の背中に埋まる。
「来い」と、促されている、と、解釈する事にする。
 誤解だろうと、知った事か。
 煽ったのは、お前だ。

 首筋を舐めながら、シャツの裾を引っぱり出す。隙間から、手を入れる。掌に触れるのは、背筋。背骨に沿って、上へと進める。仰け反ったコックの肩甲骨が、俺の手を挟む。尖った肩甲骨を、掴む。ぐりぐりと動くそれを堪能しながら、逆の手を腹筋に這わす。

 いつの間にか引き出されていたシャツの裾からコックの手が入り込み、背中を這い回っていた。

 もっと。もっと。

 シャツが捲れ上がり、肌と肌が重なる。
 さっきより確実に上昇している体温。じっとりと浮かぶ汗。しっとりと密着する肌。
 コックが、求めている。
 俺が求めているように。

 この先は?
 どうすれば良い?
 この手を、どこに伸ばせば良い?
20121110


 5

 完全に雪崩れ込んだ。
 シャツが邪魔だ。捲れ上がったシャツ同士が、互いの体を遠ざけている。
 もっと、近くへ。

 ゾロの肌を這い回っていた掌を、未練はそのままに引き剥がす。ボタンを探って、外す。もどかしい。五つ全て外して前をはだけると、ゾロのシャツを勢いよく引き上げた。
 俺の肌を這っていた唇が離れて、シャツに隠れる。急いで引っぱって、放り投げる。直ぐに現れたゾロの唇は、また直ぐに俺の肌に着地した。
 もうすっかり興奮している。お互い様だ。昂り同士が擦れ合う。
 妙な感触に、一瞬眉を寄せる。
 でも。
 もう駄目だ。
 引き返せない。
 ぐい、と押し付けるようにすれば、押し付け返される。
 お前も、もう、駄目だな?
 引き返す気なんか、無いな?
 頭をゾロの肩に凭れさせたまま、ベルトを外す。微かな金属音が、耳につく。俺の体から外されたゾロの手も、同じ辺りをもぞもぞと動いている。
 一足先にボトムを落とした。下着は既に濡れていて、最早邪魔な布でしか無い。早く取り去ってしまいたい。
 そして、その先へ——そして、その先は?
 裸の男が二人抱き合って、それで?

 俺は間違っていないだろうか。
 ゾロを、見る。
 目が合うとゾロは、唇を俺の瞼に落とした。
 目を瞑る。柔らかな温かみを、瞼を通して眼球で感じる。それは信じられる温もりだ。

 たとえそれが間違いだったとしても、構わない。
 ゾロが俺の下着に手を伸ばし、引き摺り下ろした。
20121112


 6

 コックの眼に、逡巡の色を見た。そんな眼は、見たくない。瞼に唇を落として、強引に閉じさせる。
 コックの下着に手を伸ばす。一気に引き摺り落す。引き抜こうとすれば、コックは手伝う様に脚を動かした。そうだ、それで良い。ボトムごと取り去ったコックの下着を、放り投げる。露わになったものが、ふるりと揺れた。
 もう。
 もう、止まらねぇよな。止めねぇよ。

 自分の下着が邪魔だが、俺の手はもうコックを撫で回したい。
 早く、俺のも。
 腰を押し付ける。
 コックの手が俺の下着に伸びる。もどかしい。早く。
 コックが引き摺り落して足元に溜まったボトムと下着を、足掻いて外した。

 直接触れた肌の熱さが、胸を打つ。互いに昂ったそれがふらふらと当たるのは鍔競合いの様で滑稽だ。もどかしい。もどかしい。早く。早く。吐き出したくて堪らない。

 押し付ける。なすり付ける。ぎゅうと纏めて握る。途端に質量を増す。お互いに、だ。何て事だ。これは一体、何だ。

 ——この期に及んで、意味、が必要か?
 意味は後から着いて来んだろ。今はそれより、——快楽、を。
 体が動く様に、動け。今は体に、任せておけ。
20121114


 7

 瞼にゾロの唇を感じているうちに、すっかり脱いでいた。かろうじて腕に引っかかっていたシャツを、引き抜く。下半身はゾロに押さえられている。
 気持ち良い。
 人の肌が、人の手が、こんなにも。
 放り出されたままの唇が、寂しい、と喘ぐ。
 口を開けて、突き出す。直ぐに触れたのは、ゾロの顎先か。
 骨のしっかりしたそこを、舐める。
 瞼から唇が離れ、性急に唇が塞がれる。ゾロの眼は緩やかに閉じ、眉は僅かに歪んでいる。興奮、している時の顔だ。欲望、で。
 俺も、眼を閉じた。

 舌が、思うままに動いている。何のビジョンも無く、勝手に動く。快楽だけに、支配されている。
 膝の力が抜けた。
 腰が落ちると同時に、ゾロに抱き抱えられて床に横たえられる。伸し掛られる。舌は、離れない。腰が、動く。熱い。

 もう、出してしまいたい。
 男二人で裸になって、床に転がって何してんだ。目的なんて、一つだろ。
「ゾ…ロ…、も、ぅ…」
 久しぶりに絞り出した声は、掠れて途切れ途切れだ。
「お、れも、…」
 久しぶりに聞いたゾロの声も、掠れて途切れ途切れだ。
 ゾロの動きが性急になる。忙しなく動く、手。がつがつと噛み付いて来る、唇。引っこ抜く勢いで絡み付く、舌。強く揺らめく、腰。
 きっと俺のも、同様だ。

 あ、と思った。
 同時に果てるなんて。
 照れくさいにも、程がある。
20121115


 8

 ぬるりとした腹に、心が冷えていく。床に転がって、思わず呟く。
「やっちまったな」
「何やってんだかな」
 間髪入れずに返った言葉に、会話を繋ぐ。
「全裸でな」
「男二人でな」
 先程までの快楽を乗せた息とは、全くちがう息が、それぞれの口から吐き出される。

 虚無感に襲われるのは、生理的なものだ。これに負けると、多分、望んだものは手をすり抜けていく。
 間違うな。意地を張るのも、駄目だ。下手に出る事はないが、失いたくなくば、間違うな。

「良かった、よな?」
「何が」
 冷めた言葉に挫けそうになるが。
「気持ち、良かった、よな?」
 念を押す様に言えば、コックがぽかんとした顔でこっちを見た。
「ああ、…まあ、な」
 それだけ言って、直ぐにそっぽを向いてしまう。

 項が赤い。耳も、赤い。
 照れているのだと、分かる。
 安堵する。俺は、これを失わずに済みそうだ。あわよくば、その先も——。

 手始めに、赤い項に口づけた。
 竦められた肩を、包む様に抱き締める。
「悪くねぇだろ? 気持ち良いよな? だったら、」
 腕の中のコックが、体を反転させた。腕を背中に回される。
「時々、しような」

 空耳かと思った。
 コックが、そんな事を言うなんて。
 意地っ張りなら俺の上を行くこいつが。
「ぎゅ、としろ」と言われた時も驚いたが、…こいつでも、素直になる時はあるのか。

 素直に。
 俺も今、失いたくなくて、滅法素直だ。
 だったら、こいつも今、そうであるかと、思っても、良いか?
 失いたくないのだと。

 腕の力を強めれば、強く抱き返される。
 心地良い。

 今はその心地良さを堪能したい。失わずに済むらしい、この心地良さを。

 その意味を知るのは、まだ、先で良い。
20121116


 あとがき*20121115
 終わっ…た…やっと……終わんない…かと思っ…た…

 流れた時間は短いのに(そして分量も大した事無いのに)、長かった。遠かった。
 こいつら、探り探りで遅々として進まず、途中で止めちゃうんじゃないかと思ってハラハラした。無事終わってほっとした。
(でも挿入はしないんだ、こいつら。)
(それはもうちょっと先の話のようです。)
(先、あるのか?)
 体の要求に素直になる事は学習した様なので、今後は何故体が要求するのか、その理由を学んでくれればいいなあと思いまっす。

 お付き合い頂きありがとうございました。