「キャー!」 「助けてー!」 子供達の叫ぶ声が聞こえる。またあいつか。一体、いつになったら懲りるのだろう。僕に、敵いなどしないのに。 僕は男前の相棒を伴って、空を飛んで駆けつける。どうせあの面食い女も居るんだろ。あの女は、邪魔だ。いつもあいつと一緒に居る。どうしてあの女の存在に、こんなにも苛々するのかーーー考えて、出したくない答えがそこに有る気がして、考えるのは止めた。 現場に到着すると、子供達があいつの攻撃を受けていた。攻撃と言ってもそれは嫌がらせといった程度の物で、全く以て子供騙しだ。呆れて、溜息を一つ吐き、パンチを一発お見舞いしてやった。あいつは、不甲斐なく倒れる。 「もう大丈夫だよ!」 歓声を上げた子供達を安心させようと声を掛け、安全な所への誘導は男前に任せる。ついでにあの女も連れて行ってもらおう。 …邪魔なんだ、あの女は。 子供達とあの女、それから男前の相棒が居なくなったここは、僕とあいつの二人きり。 僕は、あいつに一歩一歩近付いた。 じっと、目を見ながら。 あいつは、僅かに体を引いた。 逃げるかと思った。 しかしあいつは、逃げなかった。 僕の目を、しっかりと見たままで。 僕とあいつの爪先が当たるまで近付いた時、あいつは言った。 「俺様は、最近、なんだか、変なんだ」 「お前が変なのは、昔からだ」 僕はばっさり切り捨ててやった。 なのにあいつは、怒りもせず、淡々と言った。 「俺様は、お前に顔を貰う奴が、憎くて堪らない。」 あいつが僕の頬を、す、と撫でた。 僕の背筋が、知らず、震えた。 あいつの目は、もう、僕の知っているあいつの目ではない。初めて見るその目はきっと、今の僕の目と同じだ。 今更考えるのを止めた所で、答えなど、分かってしまっている。 「奇遇だな。僕も最近、お前に食べさせてやりたいと思っていた所だ」 あいつの目が、揺れた。 「食えよ」 僕が言った途端、あいつの腕が僕の背中に回った。 ああ、言ってしまった。 あいつが、頬の一番高い所、溶き卵を刷いた艶のある辺りをかぷりと噛んだ。一気に薄くなった頬が、すうすうする。 次に、丸く飛び出た、鼻。僕の世界から、匂いが消えた。次に口の部分。僕はもう、喋れない。目を齧られて、僕の視界は半分になり、ゼロになった。 あいつの漏らす、餡子とパンを咀嚼する音ーーー僕を咀嚼する音だ!ーーーを聞いていると、目立たない耳の辺りを舐められて、水音を感じた次の瞬間、僕の世界は音を失い、そして、意識も途絶えた。耳が、本当の最後だったのだろう。 翌朝、パン工場の前で体だけの僕を最初に発見したのは工場長の飼い犬だった。 「アン!アン!」 常よりも喧しく鳴く飼い犬を不審に思った娘が、体だけでだらしなく転がっていた僕を見つけ、ストックされていた顔をセットした。それで漸く僕は、昨日、自分に起こった事を認識出来た。 思い出したそれは、陶酔。 いつでも、食わせてやる。食いたいだけ、食わせてやる。 あいつになら。 僕は何度でも生まれ変わって、また、食われてやろう。 そして僕はその度、深く陶酔するのだ。 |