abcdefghijklmnopqrstuvwxyz


ソファ 2

ソファ


清四郎*

 悠理の補習を免除させる算段を三十分みっちり担当教師としていたというのに、当の本人は終始「面倒くさいな」と思っている様子をありありと浮かべており、そうなるともう怒りを通り越して、呆れ、更には微笑ましさまで感じてしまうとは、自分も大概どうかしている。思考までもが悪文に成る程に。

 最終的に教師に提示された『補習回避策』と、自らの思いがけない感情に頭を抱えた清四郎は、職員室から生徒会室までの廊下を、ぶうたれる悠理と歩いていた。

「先公も、無茶言うよな〜」
「無茶じゃありません。補習が嫌なら、やるんですよ」
 自分の立場を分かっているのだろうか。無茶どころか温情であろう。いや、ひょっとすると教師は、清四郎に面倒を押し付けただけかも知れない。
「赤点取ってから学校で補習するのと、赤点取る前に家で清四郎に特訓されるのと、何がどう違うんだよ」
 赤点を取るのは、悠理にとって決定事項だったらしい。
「赤点取ってから学校で補習、が、無くなるだけですよ。先生に言われなくても特訓はするつもりでしたから」
「ええ〜?」

「廊下で何騒いでるのよ?」
 可憐の呆れた声が聞こえた。
「おや、二人揃って」
 清四郎は腰に手を当て仁王立ちする可憐と、後ろに控えて苦笑する美童を見た。
「ダンス部に呼ばれたのよ」
 可憐は溜息を吐く。
「神無祭。今年も出ないか、って」
 美童が肩を竦めて補足する。
「出るんですか?」
「まさかぁ。勘弁してもらったよ」
 悠理がにやにやと笑って可憐の脇を突ついた。
「出れば良いのに。また優勝しちゃえよ」
「冗談でしょ、あんなインチキ。二度と御免よ」
 二人が四人になったところで、騒ぐのは変わらない。賑やかに生徒会室に向かった。

「野梨子と魅録は、もう来てるかな?」
 と言いながら、悠理が生徒会室の扉を開けた。
 入口に背を向ける様に置かれているソファから見えるのは、魅録の頭。俯いて振り向かない所を見ると、寝ているのかも知れない。
 駆け寄って回り込んだ悠理の目が見開かれた。視線は魅録の膝辺りで固定されている。
 続いた清四郎も、悠理と同じ反応を示した。

 野梨子が、魅録の膝枕で寝ている。

「何してるんですか?」
 清四郎は思わず声を掛けた。
 その声に目を開けて頭を上げた魅録は、右手の人差し指を立てて口の前に置いた。野梨子の頭に置いていた右手を。そして、左手の人差し指で野梨子が寝ている事を指し示した。野梨子の肩に置いていた左手で。ぎこちない微笑みと共に。


 その全てが清四郎にとって衝撃的で、決定的だった。
 衝撃の理由も、何が決定されたのかも、理解するのはまだ先だけれど。
 それはまた、別の話。



悠理*

 悠理は混乱していた。

 誓って言うが、魅録は親友だ。魅録を恋愛対象として見た事など無いし、今後も無い。今想像してみたが、気持ち悪かった。誓って言う。無い。
 なのにこの胸を掻きむしられる感は何だろう。
 ひょっとして、野梨子を、恋愛対象として見てる?
 いやいや、やっぱり気持ち悪い(想像した)。無い。
 じゃあ、何で?

 清四郎の声が聞こえた。
「何してるんですか?」
 硬い声。
 胸にずしんと響いた。
 そうだ。清四郎にとって、野梨子はすっごく大事な女の子だ。その野梨子が、自分以外の男の膝枕で寝ている。ショックだろうな。
 そう思ったら、混乱は影を潜めた。
 ぎこちなく微笑む魅録を横目に、テーブルにおやつを並べた。可憐がコーヒーを淹れてくれる。美童と清四郎が席に着く。清四郎は新聞を広げた。
 何も変わらない。いつもと同じ、生徒会室の風景。

 違った。
「食べ過ぎですわ」とかお小言を言う野梨子は魅録の膝で寝てるし、遊んでくれる魅録は野梨子を膝枕してる。
 居眠りする野梨子を見るのなんて、初めてかも知れない。ましてや魅録の膝枕でなんて。
 膝枕をする魅録を見るのは初めてじゃないけど、自分もしてもらった事はあるけど、あの雰囲気は…。

 少し前から、悠理は気付いていた。
 魅録は、極力野梨子に触れない様にしている。
 魅録は気安い奴だから、スキンシップは厭わない。自分が飛び付いても気にせず抱きとめてくれるし、慰める様に背中を叩いたり、肩を抱いたり、仲間にしない奴じゃない。ただ、野梨子にだけは、まずしない。当然、野梨子を嫌っているからじゃない。魅録は嫌いな奴と仲良く出来るような器用さは持ってない。きっと、触れちゃいけないと思ってる。野梨子はお高いからな。野梨子が自分から誰かに触れる事もまず無いし、きっとスキンシップが好きなわけじゃないんだろう。魅録もそう思うから、触れないんだと思ってた。野梨子が嫌がるだろうから。え? 野梨子に嫌がられたくないから? あれ? 野梨子に嫌われたくないから?
 悠理は、再び混乱した。考えるのが面倒になって、パウンドケーキを頬張った。大きい音がする煎餅やスナックは食べたくなかった。

 新聞を読む清四郎を盗み見た。さっきから、瞳が動いていない。
 胸がちくりと痛んだ。


 悠理が、魅録が野梨子に触れなかった理由を知るのは、もう少し後。
 自分の気持ちに向き合うのも、また。
 それはまた、別の話。




あとがき

 悠理ちゃん、気持ち悪いだなんて…そこまで言う事無いじゃないの(涙)




index utae