家庭教師
・現代パラレル ・中学生ゾロ→大学生サンジ 


1『斡旋』

「なーサンジ、お前、家庭教師やるつもり、無ぇ?」

 無駄に広い顔と人当たりの良さを発揮して、すっかり学内で人材派遣業を営んでいるかの様なウソップが持ちかけてきた話は、金欠に喘ぐサンジに取っては渡りに船だった。

「何処の中学生だ? 高校生か? 可愛いか? それとも美人系か?」

 矢継ぎ早に問い掛けるサンジに、ウソップは苦笑して答えた。
「グランドライン学園中等部二年。まあ、強いて言うなら、可愛いってよりは美人系かな。どっちかって言えば」
「グランドライン学園? 聞いた事ねぇな」

 無い訳は無い。極近所の、割と有名な私立中高一貫校だ。但し聞いた途端記憶から抜け落ちる可能性は、有る。無類の女好きで男になど一片の興味も無い、自分が家庭教師を務めるならばその教え子は女の子であると疑いもしないサンジならば。

「取り敢えず面接行って来い」
 大学から至近の、高級住宅地である住所と簡単な地図を記した紙を渡されたサンジがそれに目を遣る。

 地図の目的地には「ロロノア邸」とある。これは相当なお嬢様か。14歳の美人令嬢。先生と教え子。閉ざされた空間で行われる教授はいつしかプライベートレッスンの様相を呈し、美しき師弟愛はいつしか別の愛に変化していき——。

 鼻の穴をおっ広げて鼻の下をだらしなく伸ばして妄想の世界に旅立ったサンジに、ウソップは明日の我が身を思って身震いした。

 ——殺されるかも知れない。グランドライン学園が、男子校だと知ったサンジに。

 今ここで告げるべきだろうか。しかしそうした所で加害者が中学二年生に替わるだけである。ならば幾許かでも友情を育んでいるサンジの方が、まだ手心を加えてくれる可能性を秘めている、かも知れない。それに、どうせならしっかり罪を償わせられる方が良い。中学二年生じゃ良いとこ少年院だ。触法少年止まりかも。ああ、でも賠償金の支払いはロロノア家の方が…等と詮無い事を考えてウソップは、暫く旅に出る事にした。
 出発は今すぐ、だ。
20121228


2-1『発見』前編

 話は前日に遡る。

 サンジと大学付近を歩いていたウソップは、異様な視線を感じた。
 まあ、時々、ある。
 サンジは金髪碧眼白皙長身優男であり、それは非常に人目を引く。イケメンと言っても良い部類だ。近くに女が居なければ。
 そう、サンジは女に目がない。女が近くに居るだけで、顔も態度もでろでろに崩れる。非常に残念な男だ。
 それ故、女からの支持はそう厚くない。通りすがりの女ならともかく、知り合いなら尚更。“都合のいい男”として、局所的に重宝されてはいるようだが、本来サンジの求める、黄色い声援的対応ではない。まあ、それでも本人は満足している様だが。非常に不憫だ。
 更に不憫な事に、本人、それだけ女が好きで、その反動の様に男に対しての態度は冷ややかであるのに、その異様な視線を送るのは大概が男である、というのは、ウソップしか知らない事実だ。
 言えない。とても言えない。だってウソップも男なのだもの。友人として親しくはしているけれども、男である以上、その価値はサンジにとって、埃以下であるのだもの。

 今日も今日とて、サンジを熱心に見つめる視線を、ウソップは感じた。
 今日はどんな輩だろう?
 単純な興味でその視線を辿った事を、ウソップは後悔しても後悔しきれない。過去に戻れるのなら「見ちゃ駄目だ」とその時の自分に忠告する。

 殺気にも似たそれは、ウソップの視線を感じた途端、更なる殺気を纏いウソップに向けられた。
 死ぬかと思った。気絶しなかった自分を褒めてやりたい、いや、素直に気絶しておけば良かったかも。

 その視線の持ち主は、学生服に身を包んだ男だった。学生服を着ているからには、高校生か、中学生。詰め襟である。男に見えるが実は女、という事もあるまい。
 骨の頑丈そうな、質の良い筋肉を纏っている様な、伸び代を残した良い体躯。整った顔立ちは、思春期から青年期への移行中に特有の、やや不安定な、ある種の色を帯びている。

 それが、ギラギラした目をサンジに、その傍らに居るウソップに向けている。
20130201


2-2『発見』後編

「じゃあな、ウソップ」
「…おー」

 ウソップが逸らしたくとも逸らせない視線に脂汗を流している間に、サンジは行ってしまった。
 もっと人通りの多い所までか、もっとずっと遠くまで、一緒に居るべきだったとウソップが思った時には遅かった。
 そのギラギラした目の持ち主は、一直線にウソップの元に歩を進め、あっという間に目の前までやって来てしまった。

「あれは誰だ」
 間もなく声変わりも終わろうかという掠れ気味の声が、問うた。

 ああ、グランドライン学園中等部、二年生か。
 現実逃避を始めた頭で目に入った徽章からぼんやりと推察したウソップが答えずにいると、がっしりとした大きな手がウソップの襟首を掴んだ。
 身長は然程変わらない、寧ろ自分の方が大きいのに何この威圧感。

「名前はサンジ。青海大学経営学部二年、19歳、彼女無し」
 ウソップは友人を売った。
「…彼氏は」
「無し…」
「よし。ちょっとこっち来い」

 答えたのに…。
 路地裏に引きずり込まれながらウソップは、嘆いた。嘆く事しか出来なかった。

 まるで恐喝被害者の気分だったウソップだったが、まるで恐喝加害者の様な中学生男子は大して乱暴ではなかった。
 路地裏に引きずり込まれると、肩に腕を回され、がっちりホールドされた。逃げ出せない様に。ちなみに”大して”乱暴ではないと表現したのはこの辺りに由来する。そもそも路地裏に引きずり込む事からして乱暴なのである。いきなり殴られたりはしない程度で“大した乱暴ではない”評価になるのだから世の中やったもん勝ちだ。嗚呼理不尽也。

「親しいのか?」
「ええと、…サンジと、俺?」
「他に誰の事訊かれると思うんだ?」
「ハイソウデスネ…。親しいデス」
「あいつと親しくなりたい」
「…ソウデショウネ」
「どうしたら良い?」

 俺に訊くのかよ。
 ウソップは思った。思ったがしかし口にはしなかった。出来る訳が無い。自慢じゃないが、暴力沙汰とは無縁の人生を送ってきたのだ。こんな直情径行なガキに口答えする程馬鹿じゃない。

「家庭教師に雇ってみたりするのは如何でしょう?」
 中学生と大学生の接点なんて、それくらいが関の山だろう。
 少し考える様な素振りを見せた中学生が鞄を漁り、ノートに何か書き付け、ちぎって寄越した。
 そこには、彼の苗字らしき『ロロノア』の文字と住所が記されていた。

「頼んだ」
 ロロノア君は、それまでの凶悪さを微塵も感じさせない一礼をウソップに施し、去ったのだった。

 ウソップは受け取った紙片の『ロロノア』のお尻に『邸』を付け足し、簡単な地図も付記して翌日、サンジに家庭教師のバイトを斡旋した次第。
20130202


3-1『面接』前編

 ウソップが遥か彼方に旅立った頃。サンジはロロノア邸の前で、胸をときめかせていた。
 玄関だけでサンジの全居住スペースを補って余り有る事が容易に想像出来る邸宅である。

 白亜の豪邸に住む、美少女。ちょっと体が弱かったりしてさ、「テストで良い点取ったら、サンジ先生、デートして下さいね?」なんて言って上目遣いで小首傾げちゃったりなんかしちゃったりして!

 だらしなく溶ける顔を、無理矢理、引き締めた。
 俺はイケメン。ジェントルな先生。
 自己暗示を掛け、呼び鈴を押す。ややあって、インターフォンから「どちら様?」と問う美しい声が聞こえた。

「青海大学のサンジと申します。家庭教師の面接に参りました」
「どうぞ」
 門が開く。自動。こ、こんな事で飲まれちゃ駄目だ、貧乏がばれる。
 サンジは気合いを入れて門をくぐった。

 玄関の扉が開いて(こちらは手動だ)サンジの目に飛び込んできたのは、黒髪のナイスバディな美女だった。
 サンジの入れた折角の気合いは、脆くも融け飛び散った。


 通された応接室で、美女はサンジの向かいに座って名乗った。
「母のロビンです」
 ぐずぐずに融けようとする顔を引き締めるのに苦労しながら、サンジは言った。
「ロビンちゃんとお呼びしても?」
「…ちゃんを付けて呼ばれるなんて、何年振りかしら。いえ、初めてかも?」
「なんと!ロビンちゃんの初めてを頂けるなんて、恐悦至極!僕はなんて幸せ者なんだ!」

 ロビンは、顔面を崩壊させ面妖な体の動きを披露した若い男を、興味深く見た。

 確か我が子は「家庭教師志望の若い男が来る、採用しろ」と言っていた筈だけれど、この子に家庭教師なんて勤まるのかしら?
 そもそも我が子に家庭教師なんて必要だったかしら? 高校受験は必要ないし、学習面の遅れは今の所認められない。第一そこまで学業に意欲的な子でもなかった筈だ。なのに、何故?
 けれど特段我が儘を言う事の無い我が子が望む事だし、出来れば叶えてあげたい。叶える事に支障のない事なら。
 ちょっと支障ありそう。
 ロビンは微かに心配した。

 一方サンジは、どうしようもない事を考えていた。
 中学二年生の母親、どう見積もっても四十まではいってない、二十歳くらいで生んだかな、いやしかしいい女だ。母親がコレなら娘の容姿も期待出来る。仮に娘がアレでも母親を、ってのもアリだ。何だったら親子丼でも…。

 ロビンの心配とサンジの不埒をお互いが知る事は無く、条件の交渉に入った時、応接室の扉が開いた。
「あら、お帰りなさい」
 ロビンが声を掛ける。
 お帰りなさい?って事は、俺の麗しの教え子?
 期待を持って入口を見たサンジの目に入ったのは、詰め襟に身を包んだ、どう見ても男、だった。
20130211


3-2『面接』後編

「ゾロ、こちら家庭教師の面接にみえたサンジさん」
 サンジは、ロビンの麗しい声を聞きながら思った。

 …ああ、お兄さんか弟くん。ゾロ君って言うの、よろしくね。お母さん美人で羨ましいよ。お姉さんか妹ちゃんも美人だと、おにーさん嬉しいな。それにしてもロビンちゃん、少なくとも二人生んでてそのプロポーションって凄いねえ。

「この通り無愛想な子ですけど、よろしくお願いね」
「え?」
 予想外のロビンの言葉に、サンジは我に返りしかめっ面の闖入者の顔を見た。
「こっちだ」
 ぼそりと言って、ゾロと呼ばれた詰め襟の男はサンジの腕を取り引っ張った。
「え?」
 ゾロに引き摺られて長い廊下を移動しながら、サンジは一生懸命考えた。

 ひょっとして、俺の教え子って、こいつ? まさか!

「時にゾロ君、君にお姉さんか妹は?」
「居ねえ。兄も弟も居ねえ」
「君、中学二年生?」
「そうだ」

 ああそうなんだ。
 ウソップの奴、美人、って言ってなかったか? ああ、どっちかって言えば、って? そりゃ可愛いか美人かの二択ならって話だろ? 男だなんて。男だなんて。

「男、の子?」
 サンジは恐る恐る訊いた。答なんて分かりきっている。
「女に見えるか?」
 見えません。
 そうか、俺、男相手に家庭教師やるのかあ。考えてもみなかった。つまんねーなあ。断っちまうか? ああでも割の良いバイトしねえと生活が厳しい。それに、そうだ!ロビンちゃん! 娘がアレでも、と思ったじゃないか、娘が息子に変わった所でアレなのは一緒だしもう母親狙いで良いじゃないか!「嗚呼先生いけませんわ、わたくしには主人が居りますのよ、もう息子が帰ってきますわ…」嗚呼燃えるじゃないかよろめきドラマ!

 サンジが現実逃避している間に、ゾロの個室に着いたらしい。
 やっぱりサンジの全居住スペースより広い。生意気な。

「鼻の長い男に言われて来たんだろ?」
「ウソップの事か。そうだが?」
「何か聞いたか?」
「何かって何だよ? 家庭教師やる気があるなら面接行けって言われただけだが?」
「聞いてないなら良い」
 大体、これから先生って立場になる年上の人間に対してこの態度は何だ?全くなってない。ロビンちゃん、あなたは素晴らしい美人だけど、子育ては少々間違ってますよ?

「ゾロだ。よろしく頼む、サンジ」
 サンジは家庭教師を引き受ける事に決めた。
「やり直し」
「あ?」
 サンジは厳しい先生になる事に決めた。
「ゾロです、よろしくお願いします、サンジ先生、だ」
 サンジは厳しい顔で、ゾロを見下ろした。ゾロは口を引き結んで、眉根を寄せている。

「…ゾロ、です。よろしく、お願いします、サンジ…先生」
 渋々といった感は否めないものの、教え通りに声を出せた人生初の教え子に、サンジは笑顔で右手を差し出した。
「よろしくな、ゾロ」

 差し出された右手を一瞬呆けた顔で見たゾロは、慌てて握手に応じ、サンジの笑顔を見上げた。その顔は、頬にほんのり赤みが差し、更に呆けたものだった。
20130212


4『報告』

 俺は戻ってきたぜ、そろそろほとぼりも冷めただろう。これ以上休むと単位がやばいし。
 おお、あれに見えるは我が学友サンジ君じゃないか——ど、ど、どうして髪が逆立って燃え立つ様なのかね、サンジ君。
 俺は逃げた。脱兎の如く逃げた。そして——捕まった。逃げ足の速さは人後に落ちないこの俺様を捕まえるとは、流石だサンジ君!

「てめえ、何が美人だよ?」
 え、そこ?
「び、美人だろ? 切れ長の二重瞼で、鼻筋通ってて、」
「男に美人たぁ、言わねえんだよ」
「ああ、そうか、俺様の審美眼は公平だからな、お前も、黙ってりゃ美人だぜ?」

 ぐへっ

 腹に膝が入った。サンジの蹴りは強烈だ。流石、俺の逃げ足に追い付ける脚力。
 俺はその場にくずおれた。


 俺が気を失っていたのが一瞬なのか数分なのかは分からない。まあ数時間って事は無いだろう。
 目を開けた俺の前では、サンジがごく普通に煙草を吸っていた。俺はごくごく普通に対応する事にした。
「じゃあ、断ったんだな?」
 ロロノア邸とグランドライン学園の周辺には近付かない事にしよう。あの少年に見つかると厄介だ。
 しかしサンジから放たれた返答は、俺の予想を超えていた。
「いや?受けたよ。俺はあの『美人』なクソガキの先生になってやる事にした。何故って?知りたいか?教えてやろう。何故ならそれは…」
 俺に一言も口を挟ませないまま、サンジは酷く悪い顔で笑って言った。
「お母様が極上の美人だからだ」

 ああ、そう。
 じゃあ、俺の腹に膝頭をめり込ませる事は無かったんじゃないかな?

「人妻だろ?」
 一応モラルを説いてみる。しかしサンジは、高らかに謳い上げた。
「恋に禁忌はつきものさ!若人よ、何を恐れる!障害が高ければ高い程、堅固なら堅固な程、恋は燃え上がるのだよ!」
 ああ分かってたさ。お前はそういう奴だよサンジ。

「サンジ君はさあ、文学部かなにかに所属した方が良かったんじゃねえの?」
「んな食えない学問なんかしてられるか」

 ああ、そう。
 その能天気さで経営なんて志してモノになるもんかね?
 どうでもいいけど。そして決して口には出さないけど。だって俺まだ死にたくねえし。
 やっぱりロロノア邸とグランドライン学園の周辺には近付かない事にしよう。危険な匂いがぷんぷんする。

 しかし、天は我に味方しないのだ。どうして。俺、真っ当に生きてるのに。
 母親狙いで通われちゃあ切なかろうなあの少年も。
 と仏心を出したのが悪かったのか。あの少年と、遭遇してしまった。
 少年は俺を見ると、ぱ、と顔を輝かせた。え、何で輝くの? そして、一直線に俺の元に走って来た。
 速い。
 そして捕まった。逃げる間もありゃしない。
「お前仕事早いな!」
 息を弾ませて、少年が言う。イヤ、君の神速には敵いませんよ?
「あいつに、先生になってもらった!ありがとな!」
 なかなか素直ないい子じゃないか。
「で?」
 で?って、何?
 前回とは打って変わって少年らしさを湛えた瞳で、少年が訊く。
「どうしたら良い?」
 だから俺に訊くなって。
「…真面目にお勉強したら良いんじゃないでしょうか?」
「そうだな。そっから好感度上げなきゃな!」
 うん、やっぱ好感度を上げたいんだね。
 少年は「じゃ、またな!」と言って、走って消えた。サンジと繋がりが出来た事が嬉しくて仕方ないみたいな風情だ。
 可哀相に。相手がサンジじゃ、成就は望めない。未来ある若者が、ちょっと不憫。そして、あの好意をまっすぐに向けられるであろうサンジにも、ちょっと同情。

 まあ俺は俺の為に、またの機会が訪れない事を、真剣に望むだけだけど。
20130220


 あとがき*20130223
 一度はやりたい「家庭教師」モノ。
 おおげさな表現を試みたくて書き始め、続くかどうかは未定のまま(だって家庭教師が何をするのかさっぱり分からない)連載の態でスタートするという見切り発車(割とよくやる)。
 ここでストックは底を突いたのでした。
 何とか、続けたいと思っているのですが。どんな話にしようかなあ。(そこから!)