可愛いって何ですか
・ロビン姐さんに一票。ナミちゃんにも一票。コックさんにも一票。  


 1

 昨日から、頭を悩ませる事がある。幾ら考えても答えが出ず、すっきりしない。
 勿論言葉の意味は知っている。だがその意図が分からない。発した奴と、発した言葉と、発せられた俺が、繋がらない。
 甲板で茶を飲んでいるナミとロビンに、訊いてみる事にする。
「おい、可愛いってなぁ、どんなだ」
「私。」
 然も当然といった顔で即答するナミに、にんまりと顔だけで笑うロビン。溜息しか出ない。
「…分かった。他の奴に訊く」
 踵を返そうとすれば、冗談よ、ちょっと待ちなさいよ、とナミが引き止めてくる。
「あんたどうしたの。熱でもあんの?」
 失礼な物言いだ。俺はただ、疑問を解消したいだけなのに。
「昨日、コックに言われた」

 ——お前、可愛いな。

「チョッパーっ!」
 突然ナミが叫んだ。何事だ。
「サンジ君が、変! 目か、脳みそか、何かどっかが、どうかしたわ!」
 重ね重ね失礼な奴だ。
 ロビンが、ふふふ、と笑って言う。
「剣士さんは、何をしてそう言われたのかしら?」
 思い出す。
「酒飲んでただけだ」
「コックさんは? 何をしていたの?」
「何か作ってた。ツマミも作って出して来て、酒も飲んだな」
 ナミが口を挟む。
「なーにー、あんた達、夜中に二人で酒盛りしてる訳?」
「そんなんじゃねぇよ。それにコックはちっとしか飲まねぇ」
「あたしも混ぜなさいよー」
 ちょっと、むっとした。——何でだ。頭を振って、言った。
「勝手にしろよ」
 声は小さく、少し拗ねた風な物言いになって、我が事ながら呆れた。
 ロビンは相変わらず読めない笑顔で言った。
「そういう所だと思うわ」
「何が」
「剣士さんの、可愛い所」
 一瞬ぽかんとしたナミが叫んだ。
「やだ! ロビンまでオカシイ!」
 つくづく失礼な奴だ。

 結局、可愛いってのが何なのかは分からずじまいだ。
20121201


 2

 分からない事を分からないままぐだぐだ考えているなど性に合わない。
 発せられた言葉の意図が分からないなら、発した奴に訊けば良い。
 何故直ぐにそうせず一晩も考えてしまったのか。全く解せないが、考えても分からないに違いないから、それは考えない事にする。

 兎も角、コックだ。

 格納庫から出てキッチンへ向かうコックを、捕まえて訊いた。
「可愛いってなぁ、何だ?」
「何? そりゃレディとか、」
 じゃがいもを片手で抱えたコックが、突然掴まれた己の二の腕をぎょっとした顔で眺めてから言うのを途中で遮った。
「違う。昨日俺に言ったろう? 俺の事、その、可愛いって」
 “可愛い”という単語を己に結びつけるのにちょっと躊躇してしまい、口籠った俺をじっと見たコックが、ぼんやりと口を開く。
「ああ、——言ったな」
「あれはどういう意味だ」
 厭そうに眉をしかめたコックの頬が、赤く染まった様に見えた。それに一瞬見蕩れてしまった俺も、チョッパーに診てもらうべきなのかも知れない。

「お前…そんな事訊くなよ」
 コックはぼそりと言うと、くるりと背を向け、きらきら光る髪を空いた片手で掻き混ぜながら行ってしまった。

 結局、また分からないままだ。
 コックは何故俺の事を可愛いなどと言ったのか。
 その上、分からない事が増えた。
 どうして『見蕩れた』などという言葉が出て来たのか。
 これは自分の中から出て来た言葉だから、誰に訊く訳にもいかない。答えは己の中にある、筈だ。

 更に分からない、突如浮かび上がった疑問。
 可愛いと言うのなら、コックの頬の染まり具合の方ではないのか。ぐしゃぐしゃに乱されてなお光る髪の方ではないのか。
 ナミ流に言うなら、俺の『目か、脳みそか、何かどっかが、どうかした』のかも知れない。

 全く分からない。
20130123


 3

 コックは男だ。男の思う可愛いは、男の方が理解出来よう。
 俺は甲板で絵を描いていたウソップに声を掛けた。
「可愛いってのは、何だ?」
「どうしたゾロ? 熱でもあるか?」
 ウソップ、お前もか。
 俺はクルーの俺に対する評価に幾許かの不満を持ったが、恐らくそれは俺の所業に起因するのだろうから不問に処そう。今は疑問を解決するのが先だ。
 何も言わずに隣に腰を下ろした俺に、ウソップは言った。
「可愛いってのは、一般的に、小さいものとか、弱いものとか、そういうものを言うんじゃねえの?」
 小さい。弱い。
「ちなみに、俺は可愛いか?」
 ウソップの目と口が、倍くらいの大きさに開いた。
「俺今小さいとか弱いとか言ったんだけど?」
「聞いてた。俺は全く当てはまらないと思うが」
「俺もそう思いマス。ゾロはでかくて強いよ」

「ああ、後は、触り心地がふわふわとか、色使いがファンシーとか? それなら、まあ、ゾロも」
「俺も、何だ?」
「髪の色はファンシーと言えなくもないし、触れば意外とふわふわしてなくもない、かな?」
 俺は自分の髪を掻き混ぜ、そこに可愛いを探したが、見つからなかった。まあそうだろ。
「あとは、ギャップとか」

「厳つい男が、自分が可愛いかどうか気にしてるのは、まあ、可愛いと言えなくもないんじゃねえ?」
 俺はウソップの勘違いに絶望したくなった。
「ウソップ、俺は自分が可愛いくない事を気に病んでる訳じゃねえ」
「そうか? まあ、どうでもいいや。一つだけ言えるのはな?」
「何だ」
 ウソップはにやりと笑った。
「男が相手に『可愛い』って言う時は、口説いてんだ。好きな奴に自然と沸き上がってくる感情、それが『可愛い』だ」

「だからゾロが誰かを可愛いと思ったんなら、お前はその子の事、好きなんだよ」

 ぎゅーっとかちゅーっとかしたいなあって気持ちだぞ?そうかゾロにも人並みの感情があるんだなあ、いやあ意外意外、でも良いと思うぜ?人を大事に想う気持ちってのは強さに繋がるからな
 等々喋り続けるウソップに、俺は嘆息した。なんだか知らないが、脱力感に苛まれる。
「お前は何を見て何を聞いて何を知ってる?」
「ななな何?」
 恐らく詰問する態度だったのだろう俺に、ウソップは怯えて返事を寄越した。コックと可愛いと俺の関係は、何も知らない様だ。
「じゃあ、誰かが俺を可愛いと言ったなら、そいつは俺を好きだって事か?」
「まあ、一般的には」
「そうか。一般的には、な」

 コックが一般的、だとは思えない。あれはおかしい。面妖で珍妙だ。だからコックが俺を可愛いと言ったからといって、コックが俺を好きな訳じゃない。
 だから静まれ、ぞわぞわとする奇妙な感覚。

 ところで俺は、一般的なのだろうか。
 俺は頭をぶんぶんと振った。
20130207


 4

 やはり本人に訊くのが一番早いだろう。
 いい加減はっきりさせたくて、邪魔が入らなそうな頃合いを見計らって——コックの仕事が終わった深夜、他に誰も居ないラウンジで、コックに声を掛けた。
「ウソップが、」
「何」
「一般的に、『可愛い』っつーのは口説き文句だっつーんだが」
 コックはぽかんと口を開けている。
「お前は、一般的か?」
 ぐるぐると巻いた眉が、一層ぐるぐると巻かれる。
「お前は、俺に口説かれてえの?」
「そんな事言ってねえだろ」
「だったらもう拘んなよ。ついうっかり、口が滑ったんだよ。美味そうに食うから。頬袋膨らまして。そんだけだ」
 また。コックの頬が赤く染まる。
 それを見ていると。堪らなくなって。

 コックはラウンジを出ようとした。逃して堪るか、と思った。
 堪らないって何だ。逃さないって何だ。全く分からないが、体が動く。
 ラウンジの扉に手を掛けて、コックの行く手を遮った。
「俺、今日もう仕事終わりなの。一日働いてくたくた。分かる?」
「おう、お疲れ」
「…ああ。だから、退けよ」
 退けない。退くなと体が言っている。

「ウソップが言うには、」
「もう忘れろって」
「可愛いと思うのは、好きって事だ、と」
「ああそうね一般的にはね」
 コックは呆れた様な声色で平坦に言う。
「ぎゅーとかちゅーとかしたい、好きだ、と」
 コックの口がまたぽかんと開き、頬が赤くなり、俺はやはりそれを可愛いと思う。だから何なんだこれは。
 分からない事に焦れて、言葉が勝手に出る。
「ちなみに俺は、お前を可愛いと思う」
 ああ俺は何を言ってるんだ。と思って眉間に皺が寄る。呼応する様にコックの眉も顰められた。
「お前は、俺を口説いてんの?」
「そうは言ってねえ!」
「じゃあ何なんだよ!」
「そりゃこっちの科白だ!」
 怒鳴りあって少し冷静になる。
「分かんねーんだよ全く。だから、確かめさせろ」
「何を」
「ぎゅーとかちゅーとかしたら、したかったかどうか分かんだろ」

「お前、俺の事抱き締めてキスする気?」
 その言葉に、自分がとんでもない提案をした事を知った。
 コックの目が泳ぎ、コックは頬といわず首といわず赤くなっている。
 それを見た俺は、はっきりと自覚した。

 こいつ、可愛い。ぎゅーとかちゅーとか、したい。

 頭に血が上る。俺はコックにじりじり近付いた。俺の顔も赤い気がする。
「やっぱお前が可愛い。ぎゅーとかちゅーとか、したい気がしてきた」

 コックの肩に手をかけると、コックは俺を、ぎ、と睨んで怒鳴った。
「ああもう折角人がとぼけてやったってのに!」
 コックが、俺をぎゅーと抱き締めた。

 もう分かった。疑問は解消した。可愛いってなぁ、これだ。
 俺はコックに、ちゅーと吸い付いた。
20130528


 あとがき*20130528
 書き始め:20121102 書き終わり:20130522…うわ、半年以上!非常にのろのろとした連載でした。
 結局ゾロが可愛い話になりました。然るが故に、タイトルの答えは「お前だよ」。
最終回のあとがき:
*すっかり放置していた『可愛いって何ですか』これにて完結です。おつきあいありがとうございました。
 5月16日付『惚気話』に繋がるかも知れませんねーウソップェ…余計なアドバイスしたばっかりに…御愁傷様(晴れやかな笑顔で)
 という訳で、以下おまけ。


 惚気話
・頑張れウソップ 


「俺も末期だなァ、と思う訳だ」
 寝ているかと思われたゾロが、手を頭の後ろで組んでそれを枕に寝そべったまま薮から棒に言った。
 俺の危険察知センサーが反応している。
「アアソウデスカ」
 そろそろと腰を浮かして撤退しようとした俺のズボンの裾を、ゾロは掴んだ。脱出失敗。痛恨のミス。
「まあ良いから聞けよ」
 良くねえと思うから逃げようとしたんですヨ!
「アレが可愛く見える訳だ、俺には」
「アアソウデスカ」
「ちゃんと聞け」
「末期デスネ確かに」
 ゾロに睨まれた。自分で言ったくせに。あれだろ?「ああ確かに可愛いよな」って言ったら死亡フラグ成立なんだろ?酷ェ話だ。

 ゾロが可愛いと思ってそんな自分を末期だと思うアレ——麦わらの一味が誇る暴力コックさん、その名もサンジ——は、今日も今日とて女に傅いている。

「俺にはアレはちっとも可愛く見えねぇが、聞いてやる。アレの一体どこが可愛いんだ?」
 ゾロはにやりと笑った。
「聞きてェか」
「聞きたくねェよ!」
「まずあの白い肌は外せねェよな、見た目だけじゃなくてよ、こう、触ると吸い付くっつーか…」
「聞きたくねェって言ってんだろ聞けよ!」
 俺の言い分など聞く耳を持たないゾロの惚気は、そこからノンストップだった。

「がーがー煩ェ口は塞いじまえばすぐトロトロになるしよ」
 塞ぐって、掌じゃないですよねそれトロトロになるってことは。
「ほんっとに良く舌が回るなぁたぁ思うが、口ん中でも良く動くんだこれが」
 口ん中ってそれ誰の口の中ですか否言わんで良い。

 俺は朝から脂たっぷりの肉汁滴るステーキだって食える健啖家だが、こればっかりは胸焼けが酷い。
 サンジがこちらを見て眉を顰めたので、言ってやる。だって早く逃れたい。
「ほれ、お前のカワイコちゃんがこっち見てるぞ」
「うっせーテメェは見んな」
 えー、理不尽ー!
「でな、汗掻くと髪が畝る訳だ」
 えー、まだ続けるのー?


 やっと解放されて辟易としながらキッチンに行くと、サンジは夕飯の支度をしていた。
「お前凄いな」
「やっと気付いたかぼんくらめ」
 包丁を動かして言ったサンジはその手を止め、俺の顔を見た。
「ん?何が?」
 ああ、一応威張っておくのね。で、何が凄いのか分かんなかった事に気付いて、それは知りたい訳だ。…可愛いかなぁ?
「あのゾロを、あんな風にしちまうなんて」
「何だ、それか」
「あ、分かってた?」
「さっき俺の事話してただろ」
「ゾロが一方的に惚気てただけだけどな。聞こえてたか?」
「聞こえやしねぇけど、分かるぜ?あいつ、でれでれした顔してたもんなぁ。あーいうトコ、可愛いよなぁあいつ。この前もさぁ…」

 しまった。藪蛇だった。
 食物由来じゃねぇ胸焼けに効く薬の開発、早急に頼むぜチョッパー。
20130516


 あとがき*20130528
 書いた日:20130509 珍しく一日で書き終わってる。
 私の中でわりとスタンダードなゾロサン&ウソップ像です。駄目ゾロ、阿呆サンジ、不憫ウソップ。
この回のあとがき:
 ウソップさんは誠に不憫でらっしゃる!
 っつーか誰ですかこのゾロ。
 特に『可愛いって何ですか』の同軸として書いた訳ではないのですが、非常に嵌まったのでこちらへ。
 でもこの話はどの話にも繋げる事が出来る気がします。