寒い夜
・『杞憂』前段 


 1

「寒ィな」
「冷えるなァ。冬島が近いらしいぜ?」
 とっとと寝ちまえば良いと思うが、ゾロは深夜のラウンジで、どっかと床に座り込み、毛布を被って酒を飲んでいる。
 もう火を落としてしまって暫く経つから、外気温との差は殆ど無い。夜露と風が凌げる分ましなだけだ。眠った人の体温で温まった男部屋の方が余程温かいだろう。
 思った事を素直に言えば、「俺はここで酒が飲みてぇんだ」と言う。
 へぇ。まあ、そう言うなら好きにすればいいと思うけど。

「お前は何してんだ」
「もう寝るとこだよ」
 こんなに冷えきってたら、寝付くまで時間がかかるかもしれねぇな。すっかり冷たくなった両手を擦り合わせた。ちょっと飲むか。
 ゾロが手にしている酒瓶を奪う。
「何すんだよ」
「ちっと寄越せ」
 そのまま口をつけてぐび、と一口。かー、と一気に顔が火照る。これをぐいぐい顔色一つ変えずに飲むなんて、やっぱりこいつはどこかおかしい。
 酒瓶を奪い返したゾロが、反対の手で俺の手首を掴んだ。
「何すんだよ」
「ちっと、こっち来い」
 毛布が開かれ、その中に引き入れられた。
「こうすっと、あったけぇ」

 えーと。まあ、そうだけど。

 波の音が遠い。他に音は何も無い。どくどくと脈打つ血液が、…二種?
 そっと心臓に触れる。一つはそれと同じスピード。もう一つは、背中に感じる。つまりそれは、俺を抱き込んだゾロの心臓。
 速い。
 力強い脈動に、こちらの脈動がつられて、シンクロした。
 背中から広がる温かさに、身を委ねてしまえば良いんじゃないか。
 何が良いんだか分からないが考えるのも面倒で、力を抜いて寄りかかる。
 耳元の呼吸音に気付く。少し湿り気を帯びて酒臭い。浅くて少し速いそれに、やはりつられてシンクロする。
 体温を分け合って、脈動と呼吸が同じ速さで。
 一つの生き物になったみたいだ。

「なあ」
 耳元で急に声がして、ぼんやりとしていた意識が引き戻された。
「こういうのも、たまには良いと、思わねぇか」
「こういうの、ねぇ」
 穏やかなゾロの声が、素直に答える気を促す。
「まあ、そうだな。たまには、良いな」
 すっかりあったまった体幹が、心地良い。とろとろと、意識が再びぼやけていく。
 コイツ、俺に対してこんな声も出せんだな。
 そう思ったのを最後に、俺の意識は蕩けて消えた。
 幸せな夜だったと思う。
20121019


 2

 ゾロは酒を呷りながら唸った。

 コイツは、何も分かってない。
 俺が、
 どうして、お前の居るここで酒を飲みたいのか、なんて。
 どうして、お前を毛布の中に引き摺り込んだのか、なんて。
 どうして、お前を後ろから抱き込んでいるのか、なんて。
 何も分かっちゃいない。
 心臓が、早鐘のようなのも、呼吸が、浅く速くなるのも、体温が、上昇するのも。

 コイツの心臓が、俺と同じ速さで動く。
 コイツの呼吸が、俺と同じタイミングでなされる。
 コイツの体温が、俺と同じになる。

 それが、俺をどんな気持ちにさせるかを。

 気を許して身を委ねるサンジを、ゾロは忌々しく思う。
 同時に、嬉しく感じている。そんな自分を忌々しく思う。

 どうして、男相手にそんな気持ちに。
 どうして、コイツ相手にこんな気持ちに。

 穏やかに声をかければ、穏やかな声が返ってくる。
 いつもこんな風に出来れば、何かが変わるのだろうか。
 そんな風に思って、ゾロは、思う。
 俺は、何かを変えたいのだろうか、と。

 サンジの寝息がゾロの耳に届いた。
 同調していた心臓が速度を落とし、呼吸が深くなる。ゆっくりと、体が弛緩していく。
 それを少し残念に思って、少し嬉しく思って。結局どうなんだと頭を抱えて。

 ゾロは酒を呷りながら唸った。
 幸せで、苦い夜だった。
20121020


 3

 耳の後ろで健やかな寝息が聞こえる。
 ああ、そういえば、ゾロの肉布団で寝てしまったのだった。
 なかなか良い気分だった、とサンジは思い出す。
 どうやら、朝はまだ先のようだ。もう少し、この温もりに身を委ねているのも良いかも知れない。
 サンジはゾロ相手に滅多に無い穏やかな気持ちを持った自分をくすぐったく思った。
 そうして居心地の良いポジションを探って体を動かすと、腰の辺りに、ごり、と、何か固いけれども柔らかい、不思議な感触の熱が当たった。

 これはひょっとすると。いや、ひょっとしなくてもこの位置は。

「何おっ勃ててやがるっ!」

 思わず怒鳴ったサンジに、ゾロは「ああ?」と間抜けな声を出して半分目を覚ました。
 サンジはすぐさま離れようと藻掻いたが、ゾロの腕ががっちり腹に回されていて、退く事が出来ない。
「離せよっ!」
 サンジが藻掻けば、臀部がゾロの勃ち上がったソレを緩く刺激し、ゾロを堪らない気分にさせる。
 完全に目を覚ましたゾロはもたらされる快感に、サンジが何を喚いているのかを理解した。

「しょうがねぇだろ。てめぇは朝勃ちしねぇのかよ」

 腹をホールドしていた腕を下にずらし、サンジのソレを鷲掴む。
「うおっ」
 サンジが慌てて身を捩る。すると当然ゾロのソレも刺激され、ゾロはもう我慢などしていられない気分になった。
 そもそも、昨日の夜は相当我慢したのだ。それまでも相当我慢していたのだ。

 サンジに、触れたかった。サンジを、自分のものにしたかった。

 抱き込んで、その腕の中で眠らせて、時々こんな風に居られれば良いと、それで満足しようと自分に言い聞かせて。
 まだ夜も明けていない。せめて一晩くらい、と望んで何が悪い。

 サンジが暴れれば暴れる程、ゾロの欲望は引き出され、収まらない所まで来てしまった。
 馬鹿だコイツは。そして欲望に引き摺られ、思うままに行動しようとしている自分も馬鹿だ。

 馬鹿を承知で、ゾロはサンジの首筋に吸い付いた。
 サンジは声にならない悲鳴を上げ、ますます暴れる。

「——サンジ」
 ゾロは初めて、サンジの名を呼んだ。

 サンジは動きを止めた。幻聴かと思った。けれどゾロの声で震える空気は、確かに首筋を揺らしている。
「——ゾロ?」

 お前、本当にゾロか?
 思えば昨夜からゾロはおかしかった。俺を優しく甘やかすような真似。俺を抱き込んで離さないで、俺の首筋に吸い付いて、俺の名前を呼んで。
 これは本当にゾロだろうか?

 サンジは混乱した。ゾロの手でやわやわと揉まれる局部もそれに拍車をかける。
 やばいだろう、このままじゃ反応してしまう。
「てめぇ、いつまで触ってんだよ」
「いつまでって…途中で止めて良いのかよ?」
 ああ——、とっくに反応していた!

 一層混乱するサンジを、ゾロは組敷いた。正面から見下ろす。
「サンジ。俺は、お前が欲しい。——惚れてんだ」
 真剣な声に、表情に、サンジの心は落ち着いた。放たれた言葉の意味を考える。

 ゾロが、俺を、欲しい。ゾロが、俺に、惚れてる。

 それは、サンジに不快感など与えなかった。昨夜眠りに落ちる直前を思い出す。あれは確かに幸福感だった。

 ゾロにこうされるのが嫌じゃないのなら。ゾロがそう思っているのを嫌じゃないのなら。
 俺は、ゾロに、惚れてる——。

 真剣な中に透ける不安を、どうにかしてやりたい。
 それが出来るのは、俺だけだ。

「いいぜ。お前に、やる」
 ゾロが瞠目する。

 こんな事しておいて。

 サンジは、そんなゾロをおかしく思う。それはきっと、愛しいと同じ意味だ。

「その代わり、全部持ってけ。そんで、お前も全部寄越せ」
 再び瞠った目をやんわりと細めたゾロの唇が、サンジの唇に落ちる。
「望むところだ」

 幸せな夜が終わる。そして、幸せな朝が、日々が、やって来るんだろう。
20121021


 あとがき*20121103
 タイトルが全く思い付かなかったこの話、『3』を書き始めた段階で『杞憂』の二人なんじゃないかな、と思いました。
 それでゾロにサンジを組敷かせて名前を呼ばせてみたら、凄く素直に愛の告白をしたので驚いた。そのうえサンジもとても素直に応じたので再び驚いた。自分で書いといて何驚いてんだって話ですが。
 そうか、『杞憂』の二人はラブラブなのねー。人目が無きゃ素直なのねー。(ゾロ、自分では互いに素直じゃないとか言ってましたが。)充分素直で甘い。そうか、ゾロは素直で甘いって自覚が無いのか。

 実は『2』で「台無しな感じ」にしようと思っていたら、ゾロの野郎しんみりしやがって。『3』で「台無しな感じ」に仕掛けたら、サンジまでしっとりしやがって。
「台無しな感じ」を書きたい、そして「寒い夜」ときたら次は「熱い夜」だろう、という事で、↓を書きました。


 熱い夜
・『寒い夜』続編 


 風呂から全裸で出てきたゾロは、誠に男らしかった。無駄な程に。
「何だよ」
「い、いや」
「じろじろ見んな」
「うっせぇ、お前…何だよ、ソレ。何でもうそんなんなってんの?」
「どんだけ待ったと思ってる。ほれ、やんぞ」
 ゾロは、ベッドに腰掛けていた俺を転がしついでに、俺のバスローブを剥いだ。

 人目を忍んで、抱き合った。キスもした。止む無く昂るソレを、互いに慰めた。
 しかしまあ、じきにそれだけじゃ足りなくなる訳で。

 間もなく島に着く、とのナミさんの御神託に、俺だって楽しみにしていたのだ。宿を取って、一緒に、って。着いて直ぐ風呂に入っちゃうくらい。人目があって、海賊の襲撃だとか嵐だとか何があるか分からない船の上じゃなかなか致せない、諸々が出来る機会を。
 けど、なぁ。
 いざ、どうぞ、となると、腰が引けるのも事実で。
 だって、なぁ。

「お前の、ソレ、俺のに突っ込むの?」
「何だお前、俺に突っ込みてぇか?」
「や、…いや、そうじゃねぇけど…」

 ゾロのケツは、固そうだ。入る気がしない。イヤイヤイヤ、俺のケツだって、別にゆるゆるじゃねぇし。つーか、入んのか、ソレ。入れるとこったら、ケツの穴しかねぇよな…けど、ソコは入れんじゃなくて出すとこだし…

 俺がしょうもない思考に嵌まって口籠ったのを神妙な顔で見ていたゾロだが、直ぐに飽きたらしい。すっかりおなじみとなった柔らかな感触の熱が、俺の唇を覆った。直ぐに舌が口内に進入して来る。侵入されるのなら断固拒否だが、俺も喜んで迎え入れてしまう上に進んでお邪魔もしてしまう。そして俺たちの舌はいつまでも絡み合うのだ。

 つまり、ゾロとのキスは、気持ち良い。

 互いの息が荒くなって、唾液が溢れる。もっと、もっと、と舌を引っこ抜かんばかりの勢いだ。
 その頃には俺ももうすっかり臨戦態勢で、腰を揺らめかせ押し付けてしまう。
 俺の腰をサポートしているかと思われたゾロの手が、俺のケツを割った。
「うぉっ」
 遂に、来た。
 覚悟してなかった訳じゃねぇんだ、ただちょっと驚いただけで。
 挟み込まれた指が、もぞもぞ動く。こそばゆくて、きゅ、とケツっぺたに力が入った。指を締め上げられたゾロが軽く笑う。恥ずかしい。
「おら、力抜けよ」
 甘い声で言ったゾロが、空いている方の手で、さわさわとケツを優しく撫でる。ぞわぞわとする感触が程なく快感に変わるのは、経験則として知っている。体中のあちこちを既にそうされて、今日が未開の地であったケツの、踏破の日なのだ。

 ゾロが不意に体を離した。遠ざかる熱を、悲しく思った自分に吃驚だ。もっと吃驚したのは、すぐさま有り得ない場所に一際熱い感触を得た事で。
「お前っ、どこ舐めてんだよっ」
「ケツの穴」

 ゾロお前何て事無いみたいな声で言うけど、汚くねぇ? 洗ったけど。でも、汚くねぇ? 出すトコだぜ、ソコ。食うトコだろ、ソコ。お前の次の食事は、俺のケツの穴舐めた舌で体内に運ばれるのかよ、浮かばれねぇな、俺の料理。

 いろいろ思ったが言葉に出来ない俺を見限って、ゾロは言った。
「キレイなモンだな。味も、悪くねぇ」
「何て事言うんだっ」
「お前が言わせたんだろ」
 付き合ってられないとばかりに再びゾロが俺のケツの合間に顔を埋める。
「うっうわぁっはっひゃっ」

 やっぱ、俺が突っ込まれるんだよな。

 それが、コトが済むまでに持ち得たまともな思考の最後。
 ゾロの指やら舌やらでさんざ弄られて、熱に浮かされたみたいにまともな思考も言葉も持てなかった。

 酷い便秘を解消している時の様な痛みと、解消し終えた時の様な倦怠感を抱えて、意識が浮上した。
 ゾロに抱き抱えられている。すっかり満足したみたいな顔しやがって。

 お前に全部やったんだから、お前も全部寄越せよ?

 ゾロの背中に腕を回して、俺もゾロを抱き締める。
 もうこの熱は、手放せない。
20121104


 あとがき*20121103
「台無しな感じ」を目指して書き始めた『熱い夜』(何故そんなものを目指したのかは不明ですが、どうしても「台無しにしたい!」と思ったんだ)。書き進めていくうちに、「押し倒して組敷いたくせに致してなかった」事が判明。驚いた。(だから自分で書いて驚くなって)
この回のあとがき:
 あらやだ、やってなかったのねまだ。
 開通おめでとう!(にっこり)

「やっぱ、俺が突っ込まれるんだよな。」が“まともな思考”だと思ってるサンジ君に乾杯。

(コトの仔細描写は、この程度で限界のようです。力尽きた。)
(こんなに「ケツ」ってタイプする日が来るとは思わなかった。)

 結局甘い感じで終わってるし、思惑通り「台無しな感じ」になったとは言い難いのですが、このシリーズのサンジはなんだか可愛らしいので、まあ満足。(サンジ君は本物からして大概可愛らしいがな。)