人の気も知らないで『蚊』
・現代パラレル ・高校生 


「今日、お前んち行っていい? ゲームやらせろよ。マリオ。お前物持ち良いよなー。俺のなんかとっくに壊れてんぜ? でもさ、時々無性にやりたくなんの。なー、いーだろー?」

 諾と答えたつもりも無いのに、サンジは俺の部屋にくっついて来た。

 人の気も知らないで。

 窓もドアも全開にすれば風は通る。じっとしているだけでも汗が吹き出た先週までと比べれば、だいぶ過ごしやすい。それでもうっすら汗は滲む。そんな、夏も終わりかけの夕暮れ。

 サンジは嬉々としてセッティングし、ベッドに背を向けて床に胡座をかき、少し前屈みになってコントローラーを握り、キノコを踏みつぶしたりキノコで大きくなったりして喜んでいる。

 それを、ベッドの上で胡座をかきながら見る。
 小さく丸い後頭部。サンジが体を揺する度、金色の髪がさらさら揺れる。
 白いシャツより白い、訳などないのに、やたらと白く見える項。
 そこに、ふらふらと飛んで来た蚊が、止まった。
 白と黒の縞々が、微かに赤く膨らむ。我ながら、どんな視力だ。でも、確かにそう見えた。
 再び飛び立とうとした吸血蚊を、叩いた。
 俺の掌が、サンジの項に、触れる。

「痛っ! 何すんだよっ!」
 拍子にマリオを谷底に落としたサンジが、ぎゃんぎゃん喚いて振り返る。
 掌で潰れた、蚊だった黒と、今吸い出されたばかりの血の赤を見せる。
「うわっ、俺の首で潰したのかよっ」
 サンジはコントローラーを放り出し、慌てて項を擦る。ごしごしと、蚊だった破片を拭う動きをし、ぼりぼりと掻いてから項を俺の鼻先に突き出す。
「あー痒ぃー。もう付いてねえ?」

 人の気も知らないで。

 白い項の、赤い丘疹。
 かぷ、と甘噛みし、ちゅう、と吸い、ぺろん、と舐める。
「なっ、何?」
 焦って上擦った声を聞くのは、愉快だ。
「舐めときゃ治んだろ」
 しれっと言ってやれば、更に声を高くする。
「馬っ鹿言え! ウナコーワ寄越せ! ムヒでも良い!」
 机の上に転がっていたキンカンを渋々渡してやる。
「てめぇはキンカン塗るんじゃねぇか…」
 乱暴に蓋を回し取り、ぐりぐりと塗りながら悪態をつくサンジに、思わず舌打ちした。
「何だよ」
「そんなん塗ったら、舐めらんないだろ」
「!!!」
 サンジが総毛立ったのが分かった。
「なななな舐めなくていいんだよっ!!!」
 顔を真っ赤にして喚く。
「ケモノかっ! お前はっ! ケダモノかっ!」
 あんまりな言い草じゃないか。

 人の気も知らないで。

 後頭部をがちっと掴んで、ベッドにうつ伏せさせるように引き倒す。
 もがもがと、恐らく「何すんだ」とでも言っているのを無視して、項にふーっと息を吹きかけた。
「~~~!!!」
 身悶えている。
 腕の力を弛めて、頭部を自由にしてやると、上目遣いで睨まれた。
「気持ち良いだろ?」
 再度キンカンを塗り、息を吹きかける。
 やはり身悶える。
「てめぇ、首、弱ぇな?」
 にやりと笑って言ってやれば、即座に「そんなんじゃねぇ!」と反発してくる。
「誰でもこんなもんだろ」
 拗ねたように言うので、キンカンを差し出し項を向けてやる。
 言わんとする事を察したサンジは、俺の項にキンカンを塗って、息を吹きかけた。

 確かに、すうすうするけれど。
 そんな事より、サンジの手が俺の肩を掴んでいる事とか、サンジの息が俺の項にかかる事とか、そういった事に俺は耐えていた。
「我慢してんなよ」
 我慢しなくていいのかよ?
 否、勿論「くすぐったいなら遠慮なく身悶えろ」って意味だって事は分かってる。分かってるけど。

 人の気も知らないで。

 振り返って首を齧ったら、また身悶えるだろうか。そんな挑発に乗って、俺の首に齧りついてきたりするだろうか。

 人の気も知らないで。

 サンジはどうにか俺に意地悪しようと、無邪気に奮闘している。
 俺に項を舐められた事なんて、もう覚えてやしないんだろう。

 人の気も知らないで。
 人の気も知らないで。

 俺は、サンジを押し倒すタイミングを計る事に専念した。
20120908


 舐めやがった。コイツ、俺の首、舐めやがった。

 人の気も知らないで。

 俺がどうしてお前の部屋へ行くのか、昔のゲームをやりたいなんて口実を用意してまで、なんて事、一切考えた事ないだろ、お前。
 そもそも、口実だなんて思ってないだろ。お前は俺に懐古趣味があるとでも思ってんのか。ある訳ないだろ、この時代の先端を突っ走る俺にそんなもの。

 別に。
 お前とどうこうなろうだなんて、考えてないよ。
 ちょっと特別で居たいだけ。
 俺がお前を特別に思ってるのと同じくらいには、お前にも俺が特別だと思って欲しいだけ。
 まあ、今のままで良い、って事だ。
 お前の部屋に上がり込めるのなんて、俺くらいのもんだし。
 ちょっとは特別、って思ってるだろ、俺の事。
 …思ってるよな?

 俺が亀踏んづけたり、火の玉投げたりしてるのをただぼーっと見てるだけのお前には、分からないだろ。
 俺がお前の視線に、どんな意味見出だせば良いのか思い悩んじまう事なんて。
 分かってる。お前はただ、見てるだけ。何も考えてない。そういう奴だよ、お前は。

 人の気も知らないで。

 いきなり人の首を叩いて蚊を殺害したと思えば、首を噛んで吸って舐めて、ベッドに引き倒した上にキンカン塗った所に息を吹きかける悪行。
 そんなの、何か考えてたら出来る所業じゃない。

 どうこうなるつもりは無いでいてやってるってのに、妙な気分になったらどうしてくれるんだ!
 そのうえ、首に息を吹きかけろ、だと?
 俺にそれをさせるのか?
 覚悟は出来てんだろうな?

 背後から、首にキンカンをたっぷり塗って、思い切り息を吹きかける。
 掴んだ両肩は、分厚く、堂々としている。
 むかつく。
 俺は悶絶したってのに。
「我慢してんなよ」
 ふるりと肩が震えたから、ちょっと愉快な気分がした。

 この首根っこに噛りついたら、どんな気分がするだろう。
 日焼けして、健康そうな、この首。
 善がったりすんのかな。
 俺が、こんな事考えてるなんて、思いもしないんだろうな。

 人の気も知らないで。

 俺は、ゾロの肩をぎゅっと掴んで、耐える事に専念した。
20120909


 あとがき*20121110
 蚊を叩き潰して誰かの血液が手について落ちた気分を妄想で上昇させる試みでした。
 ゾロはキンカン、サンジはウナコーワを愛用(容器の色からイメージ←単純。ちなみに我が家はムヒです(どうでもいい)。

 片思いゾロの甘酸っぱい青春懊悩物語になる予定だったんだけどなー。大分獣じみたゾロになりました。おっかしいなー。
 でも結局押し倒せてないと思います。
 そして、ゾロサイドを書いたらサンジサイドも書きたくなる。という訳で、サンジ君にもゾロに片想いしてもらう事になりました。
 両片想いはロマン。鉄板。

 これは時系列バラバラのシリーズ物になってくれれば良いなあ、と(他人事の様に思いながら)ちょっとずつ書き溜めています。