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似ている

「私、それ、好きですわ」
 落ち着け、俺。
 野梨子は、「それ」が「好き」だと言ったんだ。
 …でも、俺も、これ、好き。
「いいよな、これ」
 出来るだけ何気なさを装う。
「ええ。いいですわよね、これ」

 同意見。
 全く相容れないような気がして、絶望的な気になる事がままあるが、実の所、野梨子と俺は、似ているんじゃないか。
 最近、そんな風に思う。
 同じものを、同じ様に見て、同じ様に感じる。
 それって、奇跡の様で、嬉しい。
 どんどん顔が赤くなっていくのが、自分でも分かる。
 野梨子にも、分かってしまうかな。
 野梨子の顔が、どんどん赤くなっている様な気がするのは、俺の目が狂ってる所為かな。
 恋は盲目、って言うしな。
 同じ理由で赤くなってんだと良いけど。
 まあ、あんまり過剰な期待はしない方が身の為だよな。
 第一、こんな事で一々一喜一憂してたら、身が持たない。
 落ち着け、俺。
 今更、何を焦る事がある?
 何も、そんなに急激には変わらないさ。
 突然野梨子が誰かのモノになってしまうなんて、考えられないし。
 いや待てよ?
 恋には、急に落ちないか?
 野梨子が次の瞬間、誰かに恋するって可能性は、本当にゼロか?
 野梨子が恋をしたとして、その相手が野梨子に恋をしない可能性と、どちらが低い?
 きっと、野梨子に落とせない男なんか、居ない。
 少しは焦るべきだろうか?
 だって、野梨子は、こんなにも美しい…。

「…魅録?」
「…はい?」
「私の顔に、何か付いてます?」
 やべ、うっかり見蕩れてしまった。
「いや、あの、えーっと、その、…綺麗だな、って」
 やべ、うっかり本音を言ってしまった。
「な、何が、ですの?」
 野梨子の顔が、真っ赤になった。
 答えを知ってて、敢えて言わせるか?
「野梨子が」
 俺の顔も、真っ赤になった。
 野梨子の所為だぞ。
「からかわないでくださいな」
 赤い顔のまま、野梨子は拗ねた様に言う。
「からかってなんか、ねえよ?」
 俺も赤い顔のまま、拗ねた様に言う。
 野梨子は、何と返すべきか、迷っている。
 困ってる感じじゃない。
 何か気の利いた言葉で返したい、と考えている感じ。
 それが、俺の背を押した。
「好き、なのかも」
 なんだよ、「なのかも」って。
 俺は自分に悪態をついた。
 でも、一応退路は確保したいじゃないか。
 せめて仲間では居たいだろ。

 野梨子は、尚も赤い顔のまま、口をパクパクさせている。
「いや、返事とか、いいから。今は。まだ」
 今度は、目をぱちくりさせている。
「急に、言いたくなっただけだから。ごめんな。驚かせて」
 野梨子は辛うじて、といった様子で、首を横に数回振った。
「うん。じゃあ、また明日、な」
 俺は、野梨子の負担にならない様に気をつけて、その場を離れた。

「…魅録!」
 背後で野梨子が叫ぶ声がする。
 ひょっとして、幻聴か?
 振り返るのを躊躇していると、ぱたぱたと走り寄る音が聞こえ、止まったかと思うと背中に軽い衝撃を感じた。
「驚いた、のは、テレパシーかと、思った、から、です、わ」
 肩甲骨の辺りから、上がった息の合間に、野梨子の声が聞こえる。
「私も、好き、なの、かも、と、思って、いた所、で」

 くるり。
 俺は回れ右をして、懸命に言葉を紡いでいる野梨子を、抱き締めた。
 ほら、俺たちは、案外似ているんだ。




あとがき

 2007年11月04日に書いたものを、ちょこっとだけ訂正。
 タイトルが、決まらなくてねえ…。結局こんな、ひねりも工夫も無いものに。

 たまたま、二人で居るんでしょうね、生徒会室に。たまたま、何か同じものを見たんでしょうね。そういった描写を入れようとしたら、テンポが悪くてどうにもならなかったので、割愛。

 似てない事を寂しいと思っていた所に、似ている所を見出だして、嬉しくてつい告白しちゃった、と。
 それだけの話ですが、可愛らしい二人で、好きですね。




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