一般論か独断か |
あれに見えるは、野梨子。何やら柄の悪い男に絡まれている様子。柄悪いって、俺が言えた義理か。まあ良い。困った様子の仲間を捨て置く訳にはいくまい。助けてやるか。こういうのは、俺の独擅場。 「悪いな、お兄さん。俺の連れなんでね。手を出すのは控えてもらおうか?」 野梨子の肩を抱き、奴さんの眼前にとびきりの眼光を突きつけてやると、すぐさま怯んで逃げて行った。ちょろい奴。その程度の覚悟で野梨子に手を出そうなんざ、百年早い。 「行くぞ」 肩を抱いたまま、雑踏を抜ける。 「ひょっとして、余計だった?」 片眉を上げておどけて見せれば。 「まさか。助かりましたわ。ありがとう」 にっこりと微笑まれる。 まだ、肩は抱いたまま。 「こういう事、良くあんの?」 「月に…四、五回程度?」 週一かよ。頻繁だな。 「いつもは、どうしてんだよ?」 「無視すれば大抵諦めますわ。食い下がられたら、英語で捲し立てますの」 「ははっ、傑作。そりゃ、度肝抜かれるわな」 野梨子がナンパに引っかかる女かどうかが判断出来ない様な馬鹿に、外国語を理解出来るとは思えない。ましてやそれが、日本人形みたいな野梨子の口から出たならば。 でも。 「さっきの奴は、粘ってたな?」 「驚きましたわ。英語で切り返してくるんですもの。人は見かけによりませんのね」 「俺が現れなかったら、どうするつもりだったんだよ?」 「その時は、その時ですわ」 おいおい。 「危ねえなあ。そりゃ清四郎も、一人で歩かせたがらない訳だ」 そんなことなら俺だって、一人で歩かせたくはない。 「もう子供じゃありませんのに」 不満げだな。ちっとも分かってねえんだから。 「だからだろ」 顔に疑問符を浮かべる野梨子に、危うさを感じる。 「ちょっとは自覚しろよ? お前は、魅力的な女、なんだから」 野梨子が目を丸くして俺を見た。 いや、そういう反応は、困るんだが。 「それは、一般論ですの?」 「へ?」 「魅録の、独断ですの?」 「…知りたい?」 なんて核心を突いた質問だろう。それに比べて、俺の返答の、なんて間抜けなこと。質問に質問で答えるなど。 野梨子が、何かを期待する様な、それとも、何かを怖れる様な顔で俺を見ている。 俺の、野梨子の肩を抱く力が強くなった。そう、俺はまだ野梨子の肩を抱いたままだ。 「必要がなくなって尚、肩を抱いたままなのが、その答え、だよな?」 ああ、何で俺はまた質問で答えてしまうんだ。いざとなったら逃げる気か。卑怯者め。拒絶の色を見せない野梨子が、居る。俺に肩を抱かれて。それを信じたらどうだ、臆病者め。 退路なんて、今更無いだろ? いざ行け。 「一般論でもそうだろうが、まあ、独断だ」 大体、野梨子が「一般論か、独断か」などと訊くという事は、だ。「独断だ」と答えて欲しいからに決まっている。 まんまと。策に嵌まったって訳だ。 まあ良いか。野梨子が何だか、嬉しそうだ。俺に肩を抱かれたまま。 野梨子が、俺に魅力的だと思われている事が嬉しいなど、こんなに嬉しい事は無い。 |
あとがき 「一般論」と「独断」の使い方が違う気もしなくもないのですが。「客観」と「主観」だとしっくりこなくて。まあ、そんな意味合いです。 |
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