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夢の続き

 後ろめたくて、野梨子の顔を見られない。声を聞くのだって、居た堪れない。

 夢の中で、俺は野梨子とヤッてしまった。
 その上。
 目覚めてどうにも我慢ならなくて、野梨子で、ヤッてしまった。

 そういう視線に、敏感な野梨子の事だ。
 気づかれたら、駄目だ。アウトだ。
 今日は、接触しないようにしよう。

「魅録、います?」
 嗚呼、幻聴が……俺、重症。
 不意に、目の前に野梨子の姿が見える。
 嗚呼、幻覚まで……俺、末期。
「どうしましたの、魅録。顔色がおかしくてよ?」
 うわっ、本物だっ。

 珍しく野梨子が俺の教室に顔を出して、二人で生徒会室まで来たが……こんな日に限って、生徒会室には誰もいない。
 まあ、美童は居なくて助かったよな、そういう事に鋭いから。
 清四郎も居なくて良かったよな、もしばれたら、命がない。

 でも、一番ばれたくない野梨子と二人っきりってのは……嬉しいけど、キツイぞ。

「魅録、煎茶でよろしくて?」
「あ、ああ」

 野梨子の入れてくれた茶を啜りながら、数学の、難問の解き方について、二人で議論を交わした。
 色気のない話題でなくてはならない。
 でも。
 何を話しても、野梨子からは色香が零れる。
 俺、墜落しそう。

「魅録?」
 やばい。うっとりした目で見詰めちゃってたかも。
「ん?」
 慌てて目を逸らした俺に、野梨子は言った。

「魅録の指って、細くて長くて、でも綺麗なだけじゃなくて……触ってみてもよろしくて?」

 嗚呼、野梨子。それは爆弾発言。
 野梨子が俺の手に触るって事は、俺の手が野梨子に触れるって事だぞ? 良いのか?
「あ、ああ、良いけど」
 嗚呼、俺。何を何気無さを装って手を差し出したりしてるんだよ。

「男の方の、手、ですわね」
野梨子の細い指が、俺の指を、すう、と撫でる。

「野梨子、男の手なんて、知ってるの?」
 俺、うまく笑えてる?

「いやですわ、魅録」
 そう言って、野梨子は俺の手に触れたまま、くすくす笑った。

 だ、抱きしめたい。
 野梨子、男ってのはな、着火は速いは、ブレーキは利かないは、いろいろと厄介なものなんだぞ?
 女より力があって、非力な野梨子なんて、一溜まりもないんだぞ?

 野梨子は、俺の視線に気づいたのか、慌てて自分の手を引っ込めた。
「ごめんなさい、私ったら、はしたない」
 そう言って、頬を染めた。

 理性、飛びそう。

 俺は、しばらく口を開けなかった。

「実は、昨日、…夢を見たんですの」
 野梨子はおもむろに喋りだした。
「魅録が…出ていらして。確かめてみたくなったんですの」

「へえ、何を?」
 俺、うまく喋れてる?

 途端に野梨子の顔は火を噴きそうに赤くなった。
「そんな事、…言えません」
「ええ〜!? そんな、途中で止めんなよ」
 俺は、大げさに言って見せた。

 野梨子は、意を決したのか、ぽつりぽつりと話してくれた。
「体に…触れられて…その、裸だったので、…二人共。…魅録の指が…夢で見たのと同じか、と…」

 ええ〜!?
 俺の顔も、火を噴きそうだ。

「あ、や、あの、ごめん」
「どうして魅録が謝るんですの? 謝るなら私の方ですわ。夢を見たのは私ですもの」

 いや、まあ、そうなんだけれども。
「…で、どうだった?」
「え?」
「指」

 うわあ、俺、何訊いてんだ、野梨子が困ってるじゃないか。

「実は、よく思い出せなくて」
 野梨子が、ぎこちなく笑った。

「思い出したい?」

 うわあ、俺、何言ってんだ、掠れた声で。

 その時、俺の目に信じられない光景が映った。
 野梨子がこくんと肯いて、制服の肩のボタンに手をかけた。
「裸になる訳には、まいりませんけど」
 そう言うと、制服のボタンを三つ外して、下着のラインまではだけさせた。
 骨まで透けそうに白い肌は、下着の中に向かって隆起し始めている。
 俺は、おずおずとそこに手を伸ばした。

 夢の続きなのかも知れない。

 野梨子は、微かに震えていた。俺の指先も、震えていた。
 俺の指が野梨子の柔肌に触れたと思った時、廊下を騒がしく歩く音が聞こえた。

 俺たちは、我に返って目を見開き視線を合わせた。
 野梨子はくるりとドアに背を向けボタンをはめた。
 俺は少しでも時間稼ぎをすべく、野梨子とドアの間に体を動かした。

 騒々しい悠理が、ドアを蹴破らん勢いで生徒会室に入って来た時、野梨子はいつもの通り、一分の隙もない野梨子に戻っていた。

 俺は、この時ほど悠理を恨んだ事はない。
 そして、感謝したことも。
 悠理が闖入してくれなければ、俺、止まらなかったぜ、きっと。

 続きはまた、いずれ、な、野梨子。
 俺は、そっと野梨子に目配せしてみた。
 野梨子が、はにかんだ顔で「ええ」と首肯いた気がした。




あとがき

 2007年09月25日に書いたものに、加筆訂正、改題。
 最初のタイトルは『罪悪感』で、単純に、野梨子を手慰みのネタにしてしまった魅録の罪悪感を書くつもりだったのに、野梨子が予想外の行動に出てタイトルと合わなくなって(それにしても“手慰みのネタ”って言い方w)。

*以下、当時のあとがき
 うわ、何書いてんだ、私。
 ありがとう、悠理。君が来てくれなければ、収拾つきませんでした。
 昔の人は、夢に出て来るのは、出て来る人の想いが強い所為であり、夢を見ている人の想いは関係ないと考えていたとか。
 古典が得意な野梨子は、知ってるよね、当然。
 それなりの成績の魅録も、知ってるとして、謝ったのは、自分の想いが野梨子の夢に出て来る程強いと自覚があったものと思われます。
*以上

 ほんと「うわ、何書いてんだ、私」だぜ。
 改めて読んで気付いたけど、これ、野梨子嬢、迎えに行ってるんですね、魅録の事。誘ってんだ…。自分で書いといてなんだけど。
 結局「首肯いた」のは魅録の気のせいだったってオチも有りだと思ったけど、そうなると、気のせいじゃないねえ。良かったねえ、魅録。
 って、自分で書いといてなんだけど。なんなんだけど。




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