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沈丁花

 清四郎に拠所無い事情が出来、野梨子を家まで送り届ける役目に立候補し、任務を遂行している時だった。
 普段歩かない道を、野梨子と共にゆっくり歩いていると、どこからか胸をくすぐる香りがした。

「もう沈丁花が香りますのね」
 野梨子が言った。
「へえ。これ、ジンチョウゲって言うのか。良い香りだな」
 俺は言った。

「ええ。―――この木ですわ」
 野梨子が指し示した低木の花は、煮詰めた様な白を、ピンクが飾っていた。

「可愛らしいな」
 俺は思わず目を細めた。
「もう、春になりますのね」
 野梨子は香りを吸って目を閉じた。

***

 この時期、この香りが漂う度、俺は野梨子を想う。
 今日も野梨子は、清四郎の隣で、この香りを吸って、目を閉じているのだろうか、と。
 その度に、胸をくすぐる香りは、俺の胸をざわつかせ、抉る。

 この花の色の様に煮詰まった、俺の想いを、思い出す。




あとがき

 沈丁花の香りが好きです。花も可愛らしくてね。

 この魅録の想いは、どうやら散ってしまった様ですが…
 (up日に、私の愛情を感じてくださいませ。)

2007.12.12、2012.4.1




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