abcdefghijklmnopqrstuvwxyz


宝石

1. 魔法みたいだ

 かけがえのない宝石をひろった事をミセス・エールに報告しようと、五人を誘ってエール邸にお邪魔した。
 ミセス・エールは自分の事の様に喜んでくれて、私はとても嬉しかった。

 エール邸を辞して後、それぞれの帰路に分かれる前、魅録が私の隣に並んだ。少し躊躇する様子を見せた後、質問された。心なしか、声を潜めて。

「あの時、どうして飛び出そうとしたんだ?」
「あの時?」
「ほら、初めて会った時。野梨子は見た所、慎重そうだし、信号無視だってしないタイプだろ?」

 ああ、あの時。
 魅録と会うのは、今日で三度目だ。二度目は、ディスコで悠理に紹介されて、友人になった。一度目は、信号も見ずに車道に飛び出しかけた所を止めてもらった。魅録は命の恩人なのだ。

 あの時は、確か…。
「…清四郎と喧嘩しましたの。喧嘩と言うより、私が勝手に腹を立てただけですけれど。意地悪く突き放された様な気がして、悲しくて、悔しくて。それで、信号が赤なのに気付かなかったんですわ」
 全く、今振り返れば子供っぽい理由で恥ずかしい。でも、魅録相手に取り繕って嘘を吐くのは嫌だった。

「ふーん。清四郎か」
 呆れられたのかも知れない。魅録の声は、つまらなそうだった。少し、気分がしぼんでしまう。
「あの時私には、お喋りも喧嘩も、出来る相手と言ったら清四郎しか居ませんでしたの」
 言い訳する様に、言葉を繋いだ。
「野梨子は、清四郎にべったりだったわけだ」
 揶揄する様な言葉だが、魅録の表情は、硬い。
「ええ。情けない話ですけど」
 本当に、情けない。自分は何てつまらない人間なのかと、悲しくなった。

 会話は止まってしまった。もうちょっと、話をしてみたい。

「魅録には、お友達がたくさん居るのでしょう?」
「ああ、まあな。それだけが取り柄、っつーか」
 魅録は硬い表情のままだったが、少し照れた様に頭を掻いた。
「そんな事、ありませんわ。魅録のお話はとても興味深いですし、お友達が多いって事は、それだけ魅録に魅力がある証拠ですもの」

 魅録は足を止めた。突然止まられたから、数歩先を行ってしまった私は、振り返り尋ねる。
「どうしましたの? 私、何か変な事、言いまして?」
 魅録は呆けた様な顔で私を見ていた。
「…いや、野梨子って、凄いな」
「え?」
 凄い?
「俺、一瞬で、もの凄く、嬉しくなった」
 私の言葉が、魅録を嬉しくさせた?

「魔法みたいだ」
 魅録はそう言って、笑った。
 普段は鋭利な顔をしているけれど、とても柔らかく笑える人なのだ。きっと、魅録のお友達も、この笑顔に惹かれるのだろう。

 なんて人だろう。自分をつまらない人間だと思った事を、恥じてしまいそうになる。私には価値があるのだと、信じさせてくれる。たった一言と、その笑顔で。

「魅録も、魔法を使えますのね」
「ん?」
「私も、一瞬で、もの凄く、嬉しくなりましたわ」

 紹介された時、既に知り合いだった事について、魅録は「ちょっとね」と言葉を濁した説明にとどめてくれた。
 今も、周囲には聞かれない様に、声を落としてくれている。
 たった三度会っただけなのに、私が信号無視をしない事を見抜いて、それをしたのは相当の理由があったのだろうと慮ってくれた。
 それから、私が思いもしない方向から、私が嬉しくなる言葉をくれる。


 ミセス・エール。とても大切な事を教えて下さって、私、とても感謝してますのよ。この素晴らしい宝石をひろった私は、きっと、つまらない大人にはなりませんわ。




あとがき

 PART7 より。
 妄想し甲斐のある話ですよね。

 ところで、南中の番長と対峙したのは一体どこで何時頃なのだろうか。(ディスコでだいぶ仲良くなってから拉致されてるから夜中?でも空は明るそうだから明け方?ディスコに行った日は学校のある日で、“次の日”と明記されてるエール邸でも制服だけど、寝ないで登校したの?それとも土曜集合日曜解散月曜エール邸?)

 気になるところは他にも有りますが、それは追々。ぽつぽつ書いていけたらなと思っています。
2012.01.15-17,25




index utae