初めて |
生徒会室で、野梨子が一人、花を生けていた。 テーブルに新聞紙を敷き、花器と、鋏と、花と草を前に、真剣な面持ちで。 すっ、と剣山に茎を挿す。じっ、と眺めてから、また。ぱちん、と鋏を入れて、また。 最後の一本を挿し終えた時、ふっ、と息を吐いて柔らかい顔になった。 「見事なもんだな」 声を掛けると、初めて気付いたとばかりに目を見張る。 「居ましたの、魅録」 「ああ。真剣で、声、掛けられなかった」 俺が笑い掛ければ、軽く頬を染め「掛けて下されば良いのに」と笑う。 テーブルの上を片付けながら野梨子は言う。 「魅録は、お花、分かりますの?」 「いや。俺、生け花の事は分からないけど、」 見ていたのは、花じゃない。見事と言ったのは、花の事じゃない。 見事なのは、花を生ける、野梨子。見ていたのは、花を生ける、野梨子。 野梨子をただじっと見ていた、その理由を言う。 「お前が花を生ける姿を、格好良いと思った」 「格好良い…」 野梨子は呟いてから、ぽかんとした。 「初めて言われましたわ」 それから、顔を徐々に笑顔に変えた。 「嬉しい」 「初めて?」 「ええ。そんな風に言われた事、ありませんもの」 意外。 「俺は、お前の事、しょっちゅう格好良いと思ってるのに」 俺が素直に言えば、野梨子は「しょっちゅう?」と、目を丸くした。 「ああ。啖呵切ったり、平手打ちかましたり」 俺がからかう様に言えば、野梨子は少し不服そうに口を尖らせる。だから、次は真剣に。 「変に度胸があるし、芯が強い。そんなナリしてんのに、敵わねぇなー、って」 「魅録が、私に?」 野梨子は、少し考え込む様に、瞳を動かした。 止まった瞳は、俺を射抜く。 「それって、褒められてますの?」 そんな仕草も、格好良いと思ってるんだぜ? 「勿論。すっげー、褒めてる」 野梨子はとびきりの笑顔を俺に向けて、言った。 「光栄ですわ」 「野梨子の初めて、一つ貰ったな」 「貰った、って」 野梨子はくすくす笑う。 「なんか、嬉しいな」 俺の頬が、弛む。 出来るだけたくさんの初めてを、野梨子にやりたい。 きっと俺も、野梨子にいろんな初めてを、貰うだろう。 野梨子の初めてを、たくさん貰いたい。 俺の初めてを、たくさんやりたい。 与えて、与えられて、共有したい。 そんな風に思う。初めて。 「次は、どんな初めてを貰おうか?」 と言いかけて、不埒な想像をしてしまった事は、野梨子には秘密だ。初めての。 |
あとがき ・野梨子は、カッコイイと思われたいようだ(それも、魅録に。『ウエディング・エクスプレス』参照) ・野梨子は生け花くらいお手の物に違いない。その姿はさぞかし格好良かろう。 といったあたりから、年末に着想。 「初めてを貰う」ってキーワードで迷走(うちの魅録君は、健康で健全な若い男の子なもので、うっかりすると不埒になります。拙作『子猫』等参照)しかけ、年末年始で落ち着いて取り組む時間も取れず、放置。 やっと書ける状況になったので、今年初めての更新に初めてを題材にするのも良かろう、と思い、何とか着地。 不埒な感じもちょっと残したかったけれど、野梨子には知られたくなかったので、内緒にしました。まだ自覚するかしないかの、淡い想いでいて欲しい。 原作(という言い方には抵抗があるのだが)で野梨子が「カッコイイ」と言われた事が無かったかどうか、魅録が野梨子に秘密にした事が無かったかどうか、改めて確かめる事はしませんでした。もしあったとしたら、それ以前の話、或いはパラレル、って事で。ひとつよしなに。 そして今回、しょっちゅう、って字面がまぬけな事に気付きました。初めて。 |
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