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クリスマスイブ

 12月24日。剣菱邸のクリスマスパーティーに招待された俺は主催者から、清四郎と野梨子を車で連れてくる役目を仰せつかった。「五時に迎えに行けよ」との仰せである。

 10分前に清四郎の家に着く。早く着き過ぎたが、清四郎は既に家の前で待っていた。
「実は、パーティーの開始は八時なんですよ」
「何? まだ五時前だぜ? ああ、準備を手伝えって事か」
 腕時計を確認すると、清四郎はしれっと言った。
「違いますよ。八時に集合です」
 そうだよな。あの剣菱家が、曲がりなりにもゲストの俺たちにそんな事、させる訳ないか。
「何だよ悠理の奴、七時と17時を間違えたのか」
「違いますよ」
「じゃあ何だよ。集合が早過ぎるだろ? こっから悠理ん家まで、混んでたって30分で着いちまう」
 清四郎は満足げに頷いて、にっこり笑って言った。
「そして僕は、今から剣菱邸に向かいます」

「何で?」
「今日は、クリスマスイブですよ?」
「だから、パーティーなんだろ?」
 清四郎は更ににっこりとして言った。
「恋人達の為の日でもあります」
 は? 何を言ってる、清四郎。俺は素直に感想を述べる。
「美童じゃあるまいし。お前の口から聞くと、何だか薄気味悪いな」
「…失敬な」
 眉根を寄せた清四郎が軽く俺を睨む。
 いやいや、問題はそこじゃない。
「で? 何で、八時に始まるパーティーに、30分と掛からない場所から向かうのに、五時集合なんだよ。で、何でお前は三時間も前に出発するんだ?」

 そこへ、剣菱家の車が到着した。主催者が窓を開けて叫ぶ。
「清四郎、早く乗れよ! 話はついたんだろ?」
「後一押しですよ」
 何を押すってんだ?

「野梨子は任せますから、ドライブでもしてから来て下さい。八時ですからね?」
 そうか。清四郎と野梨子を迎えに来たのに、清四郎が先に行ってしまうという事は、俺は野梨子だけを車に乗せる訳だな?
 で、ドライブをしろ、と。二人きりで。二、三時間。クリスマスイブに。

「…何時からそんなお節介になった?」
「おや、お節介と捉えてくれますか?」
 清四郎は片眉を上げて、愉快そうだ。
「クリスマスイブにはね、サンタがプレゼントをくれるんですよ?」

「何だよ、お前がサンタで、野梨子がプレゼントかよ?」
「流石にそうは言いませんけどね。二人きりの時間を、ね。それに…」
 清四郎はそこで一旦言葉を区切り、意味有り気に言った。
「魅録へのプレゼント、とは限りませんよ?」
「ん?」
 何て言った?
「では、よろしく」
 そう言って清四郎が剣菱家の車に乗り込むと、悠理がにやりと不敵な笑顔を寄越した。
 車が走り去ると、白鹿邸の門が開き、野梨子が出て来た。
 今日はまた、一段と綺麗だな…。
 …腹括るか。

「メリークリスマス、野梨子」
 らしくない科白だとは思うが、今日くらいはな。
「…メリークリスマス、魅録」
 一瞬目を見張ってから、にっこりとして。実に野梨子らしい返しだ。

「清四郎は、一足先に向かったんだ」
 助手席のドアを開きながら言う。そうだ。助手席だ。只の運転手なら、後部シートに乗せる。俺は今、野梨子を助手席に乗せたい。
 不思議そうにしている野梨子が乗り込むのを待ってドアを閉める。運転席に回り込んで、エンジンをかけながら言う。
「で、始まりは、八時なんだと」
「え、まだ五時ですのに?」
「そ。…折角だから、ドライブでも、どう?」
 万が一にでも断られる前に、車を発進させてしまえ。
「良いですわね。お願いしますわ」
 こっそり胸を撫で下ろす。
「喜んで。どこか行きたい所は?」
「魅録にお任せしますわ」

 どこに行こうか。もうまもなく星が瞬く。夜景でも見に行くか。
 折角の、サンタのプレゼントだ。無駄にしては罰が当たる。そして奴は『俺へのプレゼントとは限らない』と言った。誰より野梨子の側に居て、ずっと野梨子を守って来た清四郎が言ったんだ。清四郎は、俺と、野梨子と、どちらへのプレゼントを優先する?
 そんなもの、決まっている。
 俺は、サンタの言葉に公算を求めた。許してくれるだろう? でなきゃ、踏み込めない。クリスマスイブの玉砕は、ちょっと勘弁して欲しい。

 いくら夜景が綺麗でも、恋人達で溢れ返るようでは興醒めだ。とっておきの穴場に車を止める。
 車を降りて、助手席側に回り、ドアを開ける。手を差し出すと、素直に手を乗せて来た。にっこり微笑んで、紳士淑女ごっこだ。美童がしそうな事だけどな。今日くらいはいいだろう?

 夜風は冷たい。自然と、風上に立ち、寄り添う。

 夜になりたての街が、輝いている。遠くで街の音がするだけの、静寂。
 こんな風に、二人で居るのは、初めてだ。
 こんな状況を夢見るようになったのはいつ頃からだったろう。
 思い浮かべては、過ぎたる事と打ち消す様な、煩悶の日々。
 何で俺は、遠慮してたんだっけか。そうだ、清四郎だ。野梨子には、清四郎が居る。そう思っていた。
 その清四郎がくれた、この時間。
 もう、腹は括ったろ?

***

 互いに黙って、暫く夜景を眺めていた。
 空気は冷たいのに、然程寒く感じないのはきっと、魅録が風を遮ってくれているからだ。
 二人きりのドライブで、こんなに素敵な場所を選んでくれた魅録に、今は素直に甘えておこうと思う。
「綺麗だな」
 沈黙の所為か少し掠れた声で魅録が言う。
「ええ。本当に、綺麗」
 私の声も、少し掠れた。

「…お前の事だけどな」
「え?」
 慌てて振り返ると、魅録の目が、私の目を見ていた。
「俺は、お前を、綺麗だと、思う」
 はっきりと、一文節毎に言い聞かせる様に、力強く言う魅録の体が、すぐ隣にある。
「好きだ」
 その言葉は、魅録の腕の中で聞いた。

 好き? 魅録が? 私を?

 こんな日を夢見ていた。
 でも、諦めていた。
 魅録に相応しいのは、悠理だと思っていた。
 快活で、素直で、可愛い、悠理。


「五時に、清四郎ん家の前な。魅録を迎えにやるからさ。おめかしして来いよ?」
 昨日、悠理はそう言った。
「全部、魅録に任せれば良いから」
 妙に、含みの有る言い方だと思った。悠理らしくない。
「クリスマスイブだからさ。サンタはプレゼントくれるだろ? 素直に喜ぶのが一番だよな」
 支離滅裂で、それは悠理らしいけれど。
「何を言ってますの?」
 悠理は照れた様に笑って言ったのだ。
「とにかく、明日五時。おめかし! 素直!」


 この事だったのだろうか。悠理は、知っていた? 悠理が、サンタ?
 ならば、素直に喜ぶのが一番だ。

 「わたくしも」
 そう言ってしがみついたら、魅録の腕の力が強くなった。


 魅録の指が、私の髪を梳く。魅録の指は、ひんやりとしていた。
「冷えちまったな」
 その声に、顔を上げる。優しい目が、私を見ていた。
「ええ」
 私の顔も、優しかったと思う。
 す、と顔が近付いて、一瞬触れた唇は、やはりひんやりとしていた。
 けれど瞬くうちに、私の顔は熱くなってしまった。
 腕の拘束を解いた魅録は「そろそろ行くか」と私の手を引き車に乗せた。
「サンタに報告しなけりゃな」
 運転席に座りながら言う。驚いた。
「魅録にも、サンタが居ますの?」
 私が問えば、眼を丸くして「にも?」と言い、笑ったかと思うと私の後頭部を引き寄せ、さっきより長く、唇を合わせた。
 唇は、どんどん熱くなった。

***

「あいつら、ちゃんとドライブしてるかなあ」
「気になりますか?」
「まあな」

「焦れったいじゃん?」
「まあね」

「余計な事だったら、どうしよう」
「大丈夫ですよ」

「それより、人の心配より、そろそろ僕だけを見て下さい?」
「うん?」
「…いえ」

***

 八時。剣菱邸のパーティー会場に着いた俺は、清四郎を探して近付いた。
「よう、サンタ」
 俺は、手近のサンタ帽を手に取り、清四郎に被せた。
 逆の手には、野梨子の手。それを見た清四郎は、にっこりと笑った。
 隣では、俺たちの繋がれた手を見た悠理が、満面の笑みで野梨子に抱きついている。
 拍子に俺たちの手が離れた。ちくしょう。まあ、いいか。野梨子のサンタってのは、悠理だったんだな。サンタには、敬意を払うもんだ。

 清四郎が、ほんの少し顔を赤らめて、こっそり俺に囁いた。
「魅録も、僕のサンタになってくれるんでしょうね?」
 何? てっきりそっちは既にまとまってんのかと思ってた。
「三時間も一緒に居て、何ともなってないのかよ?」
「相手は、あの、悠理ですよ?」
 清四郎は屈辱といった表情だ。清四郎にも、難しい事があるんだな。ちょっと可愛いじゃないか。それでこそ、サンタの甲斐があるってもんだ。
「言っとくけど、悠理の、サンタだぜ?」
 俺は、サンタからのプレゼントを待つ可愛い清四郎ちゃんに、ウインクしてやった。

 俺は野梨子に抱きついたままの悠理を引き剥がし、耳打ちした。
 悠理は途端に真っ赤になる。
 ほら。
 結果は目に見えている。
 お前達サンタが、俺たちを後押しした様に。
 それでも悠理は、不安げな顔で野梨子を見る。
 野梨子は、にっこり微笑んで「素直に」と言った。
 ほら。
 端から見たら、明白なんだよ。
 さっさといけ。
 俺は満面の笑みで、悠理の背中を押した。

***

「あのさ、魅録がさ、その、…どっか、清四郎と二人になれる所に行け、って言うんだ。それで、何か言われたら、首肯いたら良い、って」
 魅録は、『魅録のサンタとは限らない』と言った僕に対して、『悠理のサンタだ』と言った。
 悠理に、何か、言え、と。
 首肯いて欲しい、何かを。
 言えば、首肯かれるのだと。
「悠理、二人になれる所に、連れて行ってください」
「うん」

 悠理の部屋。
 何度も入室した事はある。でも、今日は違う。特別だ。
 柄にもなく、緊張する。
「悠理、首肯いて下さいね?」
 出来レースの強要とは、我ながら見苦しい。それでも、せずにはいられない。
「うん」
 素直な悠理に、後押しされる。駄目だ。僕は、こいつには、敵わない。
「悠理、僕は、あなたが、好きです」

***

 野梨子は、『素直に!』って言ったあたいに対して、『素直に』って言った。
 野梨子はちゃんと、サンタのプレゼントを受け取ったんだ。
 だから、あたいも、素直になる。
 だって、清四郎があたいを好きだって言った!
「清四郎! あたい、お前が好き! 大好き!」
 清四郎に飛びついたら、清四郎は驚いた顔を笑顔に変えて、あたいを抱きとめてくれたんだ。

***

 Everyone are someone's Santa Claus !
 Merry Christmas !




あとがき

 難産でした。クリスマスに特別な思い入れがない所為だろうか…。
 美童と可憐が出て来なかったな…。
 ドライブで夜景、もっとちゃんと描写したかったけど、全く思い浮かばない…。

 実は、
「綺麗だな」「…お前の事だけどな」「俺は、お前を、綺麗だと、思う」
 と言わせたいが為の話でした。
 “サンタ云々”が降って湧いて来た為のクリスマス設定。
 それでも! クリスマス前に何とか着地出来て良かったです。

 メリークリスマス!




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