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視線 二態



*魅録の視線*

 最近、落ち着かない気分になる事がある。
 理由は分かっている。
 魅録の視線、だ。
 どういう訳か、魅録は最近、私を良く見ている。
 そしてどういう訳か、私はそれを、よく感じる。
 どういう訳か、魅録の視線は他の人のそれとは違う。
 そしてどういう訳か、それは私を落ち着かない気分にさせる。

 たまたま、生徒会室で魅録と二人きりになった折、思い切って訊いてみた。
「私、魅録に何かしまして?」
 魅録はどことなく虚ろだった目を丸く開き、反問した。
「何で?」
「最近、私を…」
 言いかけて、自意識過剰であったかと恥ずかしさがこみ上げてきたが、魅録は目を丸くしたまま私の答えを待っている。
「…よく見ていませんこと?」

 魅録は掠れた声で、「あ、そう?」と言った。
「そんな気がしただけですわ。私が何か気に障る事でもしたのかと思って…ごめんなさい、自意識過剰でしたわね」
 私が早口で弁解すると、魅録は「いや…」と言い淀んだ。
「実は俺も、そんな気がしてたんだ。最近、野梨子ばっかり見てるって」

 見ると、魅録の頬が赤らんでいた。
「どうして…?」
 魅録がそんな顔をするなんて、知らなかった。
「どうしてだろうな」
 私の頬まで赤くなる。
 二人で頬を赤くしたまま、暫く見詰め合っていた。

「なあ、野梨子…ちょっと、良いか?」
 魅録が立ち上がり、私に近づいて言った。
 魅録は私の目の前で立ち止まると、もう一度言った。
「ちょっと、良いか?」
 そして、長い腕で私を抱き締めた。
「ごめん、ちょっと」と言いながら。

 魅録の胸は、太陽の匂いがした。
 丁度触れたこめかみで、魅録の鼓動を感じていた。
 あまりにも吃驚したから、それだけを覚えている。
 何も言えず、ただ立ち尽くすだけだった。

 不意に拘束が解かれ、私は魅録の顔を見た。
「ごめん。吃驚したよな」
 怯えている様な顔で、魅録が私の顔を覗き込んでいた。
「何となく…こういう事かなと思ってさ」
 魅録は何に怯えているのだろう。
「こういう事、って?」
 私まで、何かに怯えている様だ。
「野梨子に触れたくて、野梨子の事見ちゃうのかなって」

 それならば。
「ごめんあそばせっ」
 私は魅録に抱きついて、魅録の胸に顔を埋めた。
「野梨子?」
 魅録が動揺しているのが感じられた。
 でも、魅録の視線の理由がこういう事ならば、私の落ち着かない気分の理由もこういう事なのだ。



*野梨子の視線*

 落ち着かない。
 二人きりになったのを機に、このところ気になっていた事を、本人に直接ぶつけてみる事にした。
 いつまでもうじうじしているのは俺らしくない。

「なあ、野梨子、」
「何ですの?」
「俺、何かした?」
「え?」
「ただの自意識過剰かも知れないけどさ、最近野梨子、俺の事、見てないか?」
 なんという事だ。野梨子の顔が、一気に紅潮した。
 それを見た俺は、狼狽える。

「ごめんなさい、不愉快ですわよね」
 消え入りそうな声で、俯いて。
「いや、いや、不愉快なんかじゃない、ただ、何か俺に言いたい事でもあるのかと思って。野梨子の事だから、言いたくても言えない事があるんじゃないかって、気になって、落ち着かなくって、いや、不愉快なんかじゃない。そうじゃない」
 慌てた俺は、早口で捲し立てた。誤解されたくない。
 そんな俺の様子を見た野梨子は、すっ、と何かを覚悟した様な顔をした。
 その様が、あまりに見事で。あまりに美しくて、俺は見蕩れて喋れなくなった。

 10秒、たっぷり見つめ合って。
「気に、なるんですの。わたくし、いつも魅録を探していますわ。ずっと、見ていたい。魅録の視線の先に、何があっても、誰がいても。気になって、落ち着かないんですの」
 真摯な目に射抜かれて、今度は俺の顔が一気に紅潮した。
「野梨子、それって…」
「自分でも、整理がついてませんの。こういう気持ちを、何て言うのか」
「…俺、知ってるぜ」
 俺は野梨子の目の前に立った。
「俺が今どれだけ嬉しいか、解る?」

 俺が「好きだ」と言って抱き締めたら野梨子は、俺の背中に腕を回して力を入れて「好きですわ」と言った。




あとがき

 前編は2010年11月22日に書いたもの(最後の一文だけ、本日追加)。後編は約一年後に、こんな話書いたっけな、と思いつつ書いたもの。
 視線の出所が違うだけで、全く同じとは、自分の性癖を呪いたくもなるというもの。どんだけ好きかね、こんなシチュ。(とても好きなんですよ。)




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